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Lawless region in the darkness of the universe  「絶対暗黒の無法無次元」

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Published on Jul 9, 2009

★和文の原文


「暗黒宇宙の無法地帯」


古来より、インドでは、法は、次のように、たとえられてきた。
思考の迷いは雲、そして、悟りは青空である、と。

思考の切れ間に青空はある。
そして、それはいつでも、最初からそこにあったのだと。

この青空で『在る』ことは悟りと言われる。
通俗的な禅は、ここで終息する。

・・・・・・・・・

次に、いや、雲も青空も同じだ。そんな分別はない。
雲は雲、空は空。そのままでいい。

という悟りと迷いの分別を捨てるという別の分別、
または分別を超えた、悟りを得る者がいる。

それは空と雲を区別しないという悟り、つまり、
悟りも迷いもない、[とする悟り]である。


しかし、覚えておきなさい。
悟りも迷いもない、とする悟りが、禅では最後の大悟であるとするならば、
『超悟』というものが、宇宙には存在する。

それは、悟りと迷いがない[という『悟り』]があるのではなく、
本当に悟りそのものも、迷いそのものも、
どちらも消え失せてしまう境涯だ。

それは事実は境涯ですらない。
境涯も存在できない、ただの無だ。


すなわち、やれ雲だ、青空だと言うが、
その向う側には深淵の暗闇の宇宙が
あなたを殺すのを、無言で待っているということだ。


禅や、悟りなど、そんなものは、
大宇宙の前では、塵にも劣るクズである。


では、一体塵にも劣るクズではない法とは何であるのか?。

我々はどうして生まれて来たのか?。

なんのために?。

どうすればいいのか?。

どうして存在しているのか?。


その答えが欲しければ、空の向こう、すなわち
悟りすらもない無明の闇へ向かうがいい。


その決定的な宇宙の現実の前で、
禅は二度と説法など出来なくなるだろう。


実は、塵にも劣るクズでない法など、何もないのだ。

すべては塵だ。

そして無。


それが、最高の法であり、

法が本来から持つ、
その真実の
残酷さの極限であるのだ。


1993 10/19::EO


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