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「流離のうた 第2部 -暗き曠野-」 【2014 初演】

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Published on Apr 15, 2015

作曲・田中隆司/詩と短歌・石川啄木

“流離のうた第1部『一握の砂』”は石川啄木の同名歌集をテキストとしての作曲作業であったが、今回の第2部『暗き曠野』は、彼の詩集『呼子と口笛』、遺歌集『悲しき玩具』、そして彼17歳時の「明星」投稿歌で構成した。[Ⅰ]『曠野』(『呼子と口笛』より「暗き、暗き曠野」−前年の大逆事件に強いショックを受けて書かれた)[Ⅱ]『呼気すれば…』『眼とづれど』『もうお前の』『いま、夢に』『閑古鳥、渋民村の山荘』『友も妻も』(『悲しき玩具』)[Ⅲ]『奪はれし言葉』(『呼子と口笛』より「ココアのひと匙」)この詩の朗読者の声はpf.のクラスターにかき消される。[Ⅳ]『蒼空』(『呼子と口笛』より「飛行機」)飛行機は、格差社会の中で彼の希望であったのだろうか。続く「庭の−白き犬−」は遺歌集『悲しき玩具』最後の一首で、白き犬とは死の影なのか。[Ⅴ]『野』自然写実主義歌人と呼ばれる彼が、そのうたの出発−流離のはじまり−において、ロマン主義の洗礼をうけていた事が興味深い。「血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここに野にさけぶ秋」(「明星」投稿歌)〈田中隆司〉

バリトン*根岸一郎
ピアノ*河内春香

 I

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、
 雷(いなづま)のほとばしる如く
革命の思想はひらめけども-

あはれ、あはれ、
かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

我は知る、
その雷に照し出さるる
新しき世界の姿を。
其処にては、物みなそのところを得べし。
されど、そは一瞬にして消え去るなり、
しかして、
 かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、雷のほとばしる如く
革命の思想はひらめけども-
 (1911・6・15/「呼子と口笛」)

 II

呼吸(いき)すれば
胸の中(うち)にて鳴る音あり
 凩(こがらし)よりもさびしき
その音(おと)!
(「悲しき玩具」)

眼(め)閉(と)づれど、
心にうかぶ何もなし。
 さびしくも、また、眼をあけるかな。
(「悲しき玩具」)

もうお前の心底(しんてい)を
よく見届けたと、
夢に母来て
泣いてゆきしかな。
(「悲しき玩具」)

いま、夢に
閑古鳥(かんこどり)を聞けり。
 閑古鳥を忘れざりしが
 かなしくあるかな。
(「悲しき玩具」)

閑古鳥 -
 渋民村(しぶたみむら)の
山荘(さんさう)をめぐる林の
 あかつきなつかし。
(「悲しき玩具」)

友も妻もかなしと思ふらし -
 病みても猶(なほ)、
 革命のこと口に絶たねば。
(「悲しき玩具」)

 III

「ココアのひと匙」

われは知る、テロリストの
かなしき心を --
言葉とおこなひとを分かちがたき
ただひとつの心を、
奪われたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを
敵に擲(な)げつくる心を
   しかして、そは真面目にして熱心なる
人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。
(1911・6・15/「呼子と口笛」)

 IV

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親と
 たつた二人の家にゐて、
ひとりせつせとリイダアの
獨學をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
(1911・6・27)

庭のそとを白き犬ゆけり。
 ふりむきて、
 犬を飼はむと妻にはかれる。
(「悲しき玩具」)

 V

血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここに野にさけぶ秋
 (1902.10 第三「明星」第五号)

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