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自分が大切ならば、目の前の人を大切に。その慈しみが功徳になり心をうるおす~塩沼・慈眼寺住職

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Published on Jun 13, 2015

慈眼寺住職 大阿闍梨・塩沼亮潤氏
G1サミット2015
第1部 全体会 特別講演「1300年の歴史で二人~大峯千日回峰行満行を通じて得たこと~」

修験道発祥の地である奈良県大峯山。1300年の歴史の中で、ただ二人目となる大峯千日回峰行と四無行を満行し、仙台・秋保の地に慈眼寺を開山した塩沼亮潤大阿闍梨。往復48キロの山道を毎日16時間かけて歩き、断食・断水・不眠・不臥を9日間続ける苦行を経て、見えた世界とは何か(肩書きは2015年3月20日登壇当時のもの。視聴時間29分05秒)。

塩沼 亮潤氏
金峯山修験本宗 慈眼寺(仙台・秋保)
住職 大阿闍梨

【ポイント】
・一日四十八キロの山道を十六時間かけて歩む。年間四カ月、九年をかける千日回峰行。二十三歳でこの行に入り、謙虚と素直な心を忘れずに歩めば、悟りと呼ばれている世界が待っているのではと無我夢中考えた

・少しずつ見えてきたのは、日常当たり前の人としての礼儀。「ありがとうございます」「すみません」「はい」。人と人との大切なコミュニケーションの言葉に重要な意義がある

・十九歳で奈良吉野山金峯山寺入山。小学生にして千日回峰行に憧れ、信仰者としての活動を志す。師匠から言われた言葉。「君たちは収穫されたばかりの芋、お寺は大きなたらい。芋は互いにぶつかりあってきれいになる。土は、我欲や持ってはならない思い。大切なのは、一つのたらいでぶつかりあいながら、精一杯真理の道を生きること。初心を忘れるな」

・行の厳しいルールは、途中で行を終える時は短刀で腹を切り自害して果てよということ。命を粗末にするのではなく、神・仏に誓ったことは必ず守らねばならない

・行の途中、不安や様々な思いが交錯した。毎日山の中で思いを書き綴った。入山まで母が女手で育ててくれた後ろ姿に、人として大切な何かを感じ、人生をまっすぐに歩む決意を固めたことを思った。母や祖母の姿は永遠の宝物、どんなことがあっても足を前に進める原動力

・死を意識したほどの体調不良の日もあった。小さい頃のことが走馬灯のように浮かぶ。母や祖母が教えてくれたマナーは、徹底的に好き嫌いをなくすこと、約束を守り嘘をつかないこと。これが、師匠や兄弟子に敬意を払い、何でもさせていただくことにつながっていった

・さまざまな信仰・宗教のすべてが真理に通じる道。この入り口での対立は、非常にもったいない。人として当たり前のことを実践しけば、何か感じ取れるものがあるはず

・お互いに尊重しあうことで、自分自身とありとあらゆる存在の調和を感じ、心から人を思いやる。自分自身が大切ならば、目の前の人を大切にする。その慈しみが、功徳になって自分自身の心をうるおす。争い、対立から心の喜びは生まれない

・自分の与えられた今の環境の中に、すべての存在と真摯な姿勢で向き合うと「絆」、新しいものが生まれる。苦しみをともなう出会いと別れもあるが、好き嫌いせず、どんなことをもいつくしみの心をもって平等に接すること

・向かい合うことで抱えた困難は、互いに敬意を払う心で分かり合える。世界中の人や文化が、感謝・反省・敬意の心をもって互いにつながりあい、助け合う社会が実現できることを心から願っている

・自分が今ここにあること、環境、食事にも感謝。そのご恩返しが済んでいなければ、自分を省みる謙虚な心が必要。心の底からの返事、挨拶……当たり前のことを徹底してやっていく。自分の心と言葉と態度で互いに敬意を払いながら、人と人、心と心をキャッチボールして生きていかねばならない

GLOBIS知見録
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