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おじいちゃんの桜 (山本 熱史 )

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Published on Mar 1, 2018

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愛や恋ではない 本物の桜の歌
桜守のおじいちゃんの切なくも美しい物語
心にじ~んときます

「おじいちゃんの桜」あらすじ

雨の日も風の日も桜の世話をしてきた
桜守のおじいちゃん

毎春、川の土手に咲く桜の花は
おじいちゃんの自慢でした

ある夏、暴風雨が吹き荒れ
避難命令が出ていたにもかかわらず
おじいちゃんは桜の木が折れないようにと
ロープをかけに土手に出かけて行きました
何時間経っても帰って来ないおじいちゃん
家族みんなで心配して、土手まで探しに行ったけれど
どこにも見つからない

おじいちゃんは土手で作業中、足を滑らせて
川へ転落して、流されていったようです

それから何十年も経ちました
おじいちゃんが育てた桜は
毎年きれいな花を咲かせてます

川の土手にはたくさんの人が集まって
花見を楽しんでいます
幸せそうな家族
笑いながら
追いかけっこをしている子供たち

昔はおじいちゃんに連れられて
あんな風に遊んだなぁ

今では僕がおじいちゃん
孫たちが散った桜の花を集めて遊んでいる

桜の木は活き活きとして
子供たちを見守っている

まるで
おじいちゃんのように

おじいちゃんは桜と共に
今でも生きている

桜の歌というと恋の歌が多いですが
家族の愛をテーマにしてみました

桜の木の下で家族団欒のひととき
そんな温かみのある情景が目に浮かびます

改めて花のもつパワーに驚いています
特に桜の花は日本人の心に響きますね

でもいつも桜の木の世話をしている桜守の
方の存在を忘れてはなりません
目立たない地味な仕事ですが
誰よりも桜を愛している方達です

桜の木を我が子のように思い
命をかけて守ってくれた おじいちゃん

おじいちゃんのことは誰も知らないけれど
僕だけは知っています
おじいちゃんが
どれほど桜を愛したいたかを!

演奏は
アコースティックギターを
フィンガーピッキングで弾いています
俗にスリーフィンガーという奏法です

桜の花が舞うようなイメージで
アレンジしてみました

録音とミキシングは菊地敬太さん

写真は今まであちこちで撮りためた
桜の写真からピックアップしました

[山本 熱史 プロフィール]

田舎育ちのおいらは聴く音楽と言えば 歌謡曲か日本のフォーク。 それが最高だと思っていた。 中学から都会へ出て来ると粋な奴は洋楽を聴いていた。 カルチャーショックだった。 それからおいらの音楽の旅は始まる。
日本のフォーク歌手のインタビューなどを読むとアメリカのカントリーやフォークの歌手に影響されている事を知った。 そうか、そういう事だったのか。 粋なやつらはそんな事はとっくに知っていた。おいらも仲間に入りたくなった。そういう訳で洋楽のレコードを買い漁るようになった。英語はよくわからなかった。辞書で訳しても良く意味がわからない。でもメロディが気に入った曲はレコードが擦り切れるまでグリグリ聴いた。 そして、ギターの音に酔いしれた。
当時、日本ではフォークギターと呼ばれていた鉄弦を張ったギター。まさしくアメリカの楽器である。日本のギター教則本にはアルペジオとストロークの弾き方が載っていたが、アメリカのミュージシャンの弾き方はこれらと違っていた。
高校生になった頃、すでに日本の音楽は聴かなくなっていた。フォーク、ロック、ブルースを聴きまくる毎日。 粋な奴らはおいらの上を行き、カントリー、ブルーグラス、ジャズを聴いていた。アメリカ音楽にどんどん傾倒して行った。大学に入って気がつくとカントリーバンドで歌っていた。先輩からマールトラビス、チェットアトキンス、ドックワトソンなど紹介あり、ギター1本の素朴な演奏なのにバンド以上の迫力があることに 感動する。
アルペジオやストロークがアメリカンギターの弾き方だと思っていたおいらは彼らのオルタネイティングベース奏法を聴いて強烈なカルチャーショックを受ける。 今まで何をやっていたんだろう? そして本場アメリカの本物のギター演奏にどっぷり浸かって行く。
それ以来、来る日も来る日もブ〜ンチック、ブ〜ンチック。な〜に、手動パチンコで鍛えているのでへこたれません。 3年もするとリズムらしくなって来た。よ〜し、Chetをコピーして弾くぞ!と思ったが無謀であることを痛感する。
当時、楽譜はほとんど無い。耳コピ、あるいはGuitar PlayerやFRETSなどのアメリカのギター雑誌に頼るしかなかった。楽譜が有っても何弦のどのフレットの音かは耳で聴いて判断しなければならない。これはたいへん。Chetはブンチックのベースランに加え、メロディラインも同時に弾いてしまう。こんな神業ギターあり得ない!それでも舌を噛みそうになりながら必死に練習した。サムピックを使い始めたのもこの頃である。
バイトをしては渋谷や新宿でレコードを買い漁る日々。この頃聴いたウェスタンスウィング、カントリーブルース、テックスメックスなどが自分の音楽性を構築していくことになる。はたから見るとかなりマニアックなのかもしれない。ところが大阪の心斎橋のレコード屋に行ってびっくりした。好きなジャンルばっかり。例えばスイングなどは何列も並んでいて東京ではあり得ない光景。神戸のディキシーランドジャズの演奏にも狂喜し、関西の音楽性の高さに脱帽した。
バンド解散に伴い、演奏はしなくなったが、レコード散策は止まない。チェットアトキンス50枚、ジャンゴラインハルト40枚というような具合でどんどん増えて行く。シンガーのレコードもたくさん聴いたが、英語がわからない。そこで英語の勉強をすることに。 英会話サークルに通い、英検を取ったり、なるべくお金をかけないで勉強した。発音の先生はハンクウイリアムス、フランクシナトラ、ナッキンコールなど。RやF、MやPやThなど必死で練習した。
5音階のアフリカ人がアメリカに連れて来られ、無理やり音程を上げて7音階で歌おうとするが、充分に上がり切らない。その中間音からブルーノートが生まれたという。そんなことを知って、ますますアメリカ音楽にのめり込んで行く。ブラインドブレイク、レベレンドゲイリーデイビスをはじめ、ブルース、ゴスペル、ジャズと黒人音楽に溺れて行く。しかしながら黒人以外で彼らの様な表現が出来るミュージシャンはいない。自分も到底無理と落胆し、振り出しに戻る。
レベルを落として白人のブルースなども聴いてみると意外に良い。決して本物ではないがまあまあいける。初めてステファングロスマンを聴いたのもこの頃である。そしてハウツープレイラグタイムギターというレコードに出会う。そのレコードには初めて見るTAB譜というものがついていた。これは便利ですね。ラグタイム曲をどんどん弾きました。それ以来、TAB譜を買い漁る様になる。気がつくと本棚いっぱい楽譜だらけ。死ぬまでに全部弾けるかのう?
世の中はフォークがニューミュージックと呼ばれ、ギターから楽団演奏へと歌謡曲化していた。確かに大ホールで演奏するにはギター一本では物足りない。ただギターの音が聴こえないことが多く、非常にさみしい思いがした。
レコード探求も落ち着き、だんだんと音楽から離れていく様になる。世はカラオケブームで演奏しなくても歌える様になってきた。トライアスロンに明け暮れ、ギターにも触れなくなる。その間にアメリカではすごいことが起こっていた。チェットフォロワーの台頭である。 チェットをコピーして育ったギタリストがチェットに勝るとも劣らない素晴らしい演奏をしている。初めてチェットを聴いた時の興奮がまた蘇る。ギターの影が薄くなってきた日本とは対照的である。チェットフォロワーの演奏を求めてまた音楽放浪の旅が始まる。 中でもフランスのマルセルダディは大好きなギタリストであった。エレキからエレアコに乗り換え、アンプで音を出すと新たに演奏意欲が湧いてきた。
そうこうしている内にアコースティックギターにピックアップを内蔵したエレアコというのが出てきた。これは便利。音質も変えられる。いっぺんに虜になる。これならスタンディングで動いても大丈夫。ソロ活動を始める事になった。ソロギターでライブ活動を始めるが、歌のない演奏は一般に馴染みにくく、お客さんは着かない。仕方なく歌もの(あるソロギタリストによる言い方)を始めるが、フォークなどのカバー曲はしっくりこない。もっと自分を表現したい!そして自分のオリジナル曲を作るようになる。ギターもそこそこ弾いて、歌もうたう。それが自分の音楽スタイル。何も飾らない、余計なものは加えない。ごく自然に等身大の自分を表現しよう。アートは大衆向けではなく通向けでいいと思う。
アメリカ音楽の影響をうけ日本の音楽は成長してきた。それは素晴らしい変化だと思う。しかしながら、それは自分のイメージとは違う方向に行ってしまった。 自分が思っていた方向へ、自分なりに 自分の音楽を追及していきたい。

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