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Published on Feb 27, 2019

札幌銀行, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=7... / CC BY SA 3.0

#かつて存在した第二地方銀行・相互銀行
#かつて存在した北海道の企業
#北海道の金融機関
札幌銀行

株式会社札幌銀行(さっぽろぎんこう、英称:"The Sapporo Bank, Ltd.")は2008年10月まで存在し、北海道札幌市に本店を置いていた第二地方銀行。通称「札銀」(さつぎん)。統一金融機関コードは0502で、合併前時点の店舗数は64店舗だった。2008年10月14日をもって北洋銀行に合併され、約58年の歴史に幕を降ろした。

北海道無尽株式会社として1950年に創業。これは北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という)出身の道家斎次など有志による庶民金融機関として設立され、当時は札幌市南2条西3丁目8番地が本店で、北海道内に9支店11取次所を開設した。

それから間もない1951年10月20日で相互銀行業に転換する。社名を株式会社北海道相互銀行(通称「道相銀」)に変更し、一般の利用者に親しまれてきた。なお、ひらがなの「どーそーぎん」も通称で用いられることがあるが、ここでは「道相銀」として以下記述する。

設立時から道家が社長を務め、1969年11月28日に同じ拓銀出身の水出久雄に社長を譲った。水出は1971年9月9日に東京支店を進出させているが、拓銀と北海道銀行(以下「道銀」という)が支店を進出させた実績がある青森県、愛知県、大阪府などには最後まで進出しなかった。時期不明ではあるが東京からも撤退し、2008年10月10日時点で支店は北海道のみとなっていた。東京進出を果たした水出は1995年9月4日に死去した。

続いて社長となった潮田隆は当該項にもある通り、やはり拓銀出身の役員だった。潮田は「個人融資取引を進めるべきだ」という持論を主張したが、バブル景気の中で不動産開発やカブトデコムなどといった企業への融資拡大を図っていた拓銀首脳陣(これが後に拓銀を経営破綻に追い込むことになる)と意見や主張が真っ向から対立し、この結果、潮田は道相銀へと放逐されたのである。拓銀から潮田が更迭されたことが、道相銀を大きく救うこととなる。

道相銀は潮田の持論だった「個人融資取引」で各種ローンのノウハウを生かし、1987年に50万円以内の融資なら50分以内で回答する「スピードローン50」を新設。1986年から1988年の約2年間で20億円強のローン残高だったのが20倍に膨らんだ。1989年2月1日に銀行法の改正に則り、普銀への転換を果たし、道相銀から札幌銀行へと名称を変更した。また、この時点で潮田社長から潮田頭取へと肩書きが変わった。個人向けローンで有名な金融機関になり、当時は消費者ローンのパイオニアとして業界を引っ張るようになった。拓銀や道銀などの上位行とは違い、中小零細企業向け融資・個人向けローンの強みで差別化を図り、生き残りをかけた。

1990年にはディーシーカードと共同で札幌カードを設立している。

バブル崩壊後、不況が長期化した北海道では、拓銀が1997年11月17日に経営破綻した。当時の大蔵省からの打診を受け、札幌銀行は拓銀の受け皿金融機関として名乗りを上げた。しかし、前述の事情から潮田頭取の復讐を恐れた拓銀首脳が札幌銀行への営業譲渡を拒否し、最終的には北洋銀行に営業譲渡した。潮田頭取は1994年にいったん頭取退任し会長に退いたものの、後継で初のプロパーとなった川西徹頭取の死去に伴い会長兼頭取となり、吉野次郎に頭取職を譲った1998年に再度会長専任を経て、2000年より2007年6月26日まで札幌銀行の相談役を務め、2011年6月19日に死去した。

潮田会長兼頭取の頭取職退任後、吉野次郎が頭取に就いた。当時の札幌銀行ホームページによると吉野頭取は旭川の出身であり、北大出で道相銀に1966年入行とあるため、同行2人目となるプロパーである。54歳で頭取就任、かつ吉野頭取が最後の札幌銀行頭取である。両行は1999年に包括的業務提携を結び、2001年に持株会社「札幌北洋ホールディングス」を設立。ATM相互開放などを行い、利便性を図っていった。

2008年10月14日にシステム統合と同時に北洋銀行と合併した。存続会社は北洋銀行。一部特集記事では「吸収合併」と書かれているが、この合併は対等合併である。合併によって個人ローンに強い札幌銀行のノウハウをさらに生かし、30億円の経費節減を図りたいとしていた。旧本店窓口スペースの一部は、商工組合中央金庫札幌支店が北洋銀行札幌営業部と共用していたが、2013年に本店営業部と統合。その後跡地には札幌信用金庫本店が新本店ビル建設のため移転していたが、...

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