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Published on May 14, 2019

丸光, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=6... / CC BY SA 3.0

#ハイランドグループ
#かつて存在した日本の百貨店
#かつて存在した宮城県の企業
#仙台市青葉区の企業
#仙台市青葉区の歴史
丸光

株式会社丸光(まるみつ)は、かつて宮城県仙台市を本拠として福島県、岩手県、青森県にも展開していた日本の百貨店である。

現在のさくら野百貨店のルーツの一つにあたる。

福島県石城郡平町(現在のいわき市)出身の佐々木光男が、仙台駅前の仙台空襲の焼け跡に建てた平屋バラック建ての建物に1946年(昭和21年)6月1日に丸光合名会社として雑貨店を開いてMARUMITSU DEPT. STOREの文字を掲げて営業を開始したのが始まりである。

1953年(昭和28年)10月に百貨店としての営業を開始し、増築工事中の1956年(昭和31年)5月5日に火災が発生して新館北側階段を通じて延焼して延べ床面積5,141mのうち2,397mが焼失するなど災難に見舞われながらも1957年(昭和32年)10月に増築工事を完成させるなど増床を進め、1965年(昭和40年)には売場面積11,317mで地元の老舗百貨店藤崎の9,910mや東京資本の老舗百貨店三越仙台店の8,928mを上回る仙台最大の売場面積を誇る百貨店とし、売上高も42.3億円を上げて三越仙台店の41.5億円を上回って藤崎の43.4億円を少し下回る2位となるなど先行していた老舗百貨店2店に追い着いて3つ巴の激しい競争を繰り広げた。

その後も1972年(昭和47年)11月などに増床を行って競合する藤崎や三越の増床などに対抗した。

こうした仙台店の拡張の一方で1955年(昭和30年)に宮城県石巻市に石巻店を開店させたのを皮切りに多店化を進め、1964年(昭和39年)12月20日に岩手県釜石市に釜石店を開店、1966年(昭和41年)6月10日に宮城県気仙沼市に気仙沼店、1967年(昭和42年)12月14日に福島県郡山市に郡山店、1968年(昭和43年)6月28日に青森県八戸市に八戸店と相次いで出店し、青森県、岩手県、宮城県、福島県の東北4県に6店舗を構える百貨店チェーンに成長させた。

1957年(昭和32年)には丸光食品センターを設立、1958年(昭和33年)7月には東一番丁の“東”と丸光の“光”をとって「東光」に名称変更し、1963年(昭和38年)6月にはセルフサービス方式に切替えると共に社名をトーコー(後のトーコーチェーン)と改め、総合スーパーの運営に乗り出した。また、丸光食品センター設立と同年の1957年(昭和32年)12月には不動産会社「丸光株式会社」を設立し、1958年(昭和33年)11月には第一ビル株式会社に商号変更して、オフィス・商業ビル「第一ビル」を建設・運営したなど関連企業を設立するなど事業の多角化も並行して進められた。

1963年(昭和38年)に長崎屋仙台店を皮切りに当店の店舗と競合する全国展開する大手資本との競争が始まり、1969年(昭和44年)にイトーヨーカ堂郡山店、1970年(昭和45年)11月6日に長崎屋八戸店、1971年(昭和46年)10月7日にニチイ八戸ショッピングプラザ、1975年(昭和50年)にジャスコ仙台店(後の仙台フォーラス)とダイエー仙台店、西友ストアー郡山店(のちの西友郡山西武店)、丸井郡山店、ダイエー郡山店などの出店が相次いで競争が激化した。

こうした競争環境の変化に対応するため、1978年(昭和53年)3月18日にニチイの支援を受けてカネ長武田百貨店、山田百貨店、イチムラ、小美屋と共に株式会社百貨店連合を設立して同年4月に同社と経営管理に関する業務委託契約を締結して業務を委ね、1980年(昭和55年)に郡山店を閉店して撤退した。

1982年(昭和57年)3月に小美屋と合併して株式会社丸光小美屋を設立したため、この時点で企業としての丸光の歴史に終止符を打つことになった。

そして、同年9月に株式会社百貨店連合が武田山田百貨店や丸光小美屋と合併して社名から丸光の名が消えることになった。

この経営統合の際に釜石店は東北ニチイに引継がれて総合スーパーへ業態変更して東北ニチイ釜石店として営業することになった。

1985年(昭和60年)3月に百貨店連合から株式会社ダックシティに社名が変更され、店名がダックシティ丸光となり、1990年(平成2年)のマイカルビブレ事業本部と業務提携に伴い、1991年(平成3年)10月に店名をビブレ(VIVRE)に変更したため店名を含む丸光として歴史に終止符を打つことになった。

以降、丸光の流れを汲む百貨店については下記を参照。



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