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2018中心市街地探訪118・・福島県会津若松市

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Published on Aug 22, 2018

福島県の西部で会津盆地の東南に位置し、面積382.99㎢、人口は121,798人(2018.2.1)。古くは、至徳元年(1384年)に蘆名直盛が館を築いた頃が町の始まりとされ、戦国時代には蒲生氏郷が鶴ヶ城の築城と城下町を再編し、この地を黒川から若松へと改称した。江戸時代は蒲生家、加藤家を経て、二代将軍徳川秀忠の子である保科正之を初代とする会津松平家が幕末まで藩主を務め、慶応4年に勃発した戊辰戦争では明治政府軍の攻撃により、城下町の大半が焦土と化してしまった。明治4年の廃藩置県で若松県の県庁所在地という時期もあったが、その後、福島県と磐前県との3県合併により福島県の管轄となった。明治22年(1889年)の町村制施行で北会津郡若松町が成立し、その10年後の1899年には、福島県下初の市となる人口30,488人(1899.4.1)の若松市が誕生した。昭和30年(1955年)の近隣7ヶ村との合併を機に若松市から会津若松市へと市名を改称し、近年では、2004年に北会津郡北会津村、2005年に河沼郡河東町を編入して現在の市域となった。
静岡県からのアクセスは、東海道新幹線で東京まで行き、東北新幹線に乗り換え郡山へ、さらに磐越西線に乗り換え郡山から会津若松まで「快速」で約1時間5分。
中心市街地は、JR会津若松駅付近から鶴ヶ城の北側周辺までのエリア。
戊辰戦争において城下町は焦土と化し、白虎隊の悲劇という歴史がある会津の町は、幸いにも第二次世界大戦での空襲は免れた。北の会津若松駅、南の鶴ヶ城を挟んで、七日町通りの東西軸、大町通りと神明通りの南北軸からなる中心市街地には、明治時代以降の歴史的建造物が数多く残っている。全国的に見ても老朽化により商店街のアーケードは撤去され、再び設置されることがないという傾向があるが、神明通り商店街のアーケードは3年ぶりに復活した。商店の後継者不足や補助金が出るとしても多額の費用を負担することができないという商店街の事情も考えられるが、会津若松のメインストリートである神明通りには未来に向けての投資がなされた。アーケードの復活はハード的な復活だけではない。その中に見える商店街の意欲にこれからも期待したい。

【JR会津若松駅】02:41
磐越西線と只見線のほか会津鉄道会津線への直通列車が乗り入れ、1日当たりの乗車人員は2,721人(2016年度)。駅は3面5線の地上駅で、ホームは西側、駅舎が東側にあり貨物駅も隣接している。改札口を出ると切符売り場などの駅施設のほか、観光案内所とコンビニエンスストアがある。駅前広場の南側にはタクシーと路線バス乗り場、北側には時間貸し駐車場があり、周辺には飲食店やビジネスホテルが点在している。駅の出入り口の無い東側周辺は住宅街となっている。

【会津バスターミナル】04:06
カフェが併設されたバス待合所で、仙台、新潟、福島、東京方面への高速バスも乗り入れる。

【中央通り】04:20

【大町通り商店街】04:26
南北約840m続く商店街で、日用品を扱う店舗や漆器店のほか、会津の伝統工芸品を扱う会津町方伝承館がある。

【野口英世青春通り(大町四ツ角中央商店街)】04:58
大町四ツ角中央商店街である野口英世青春通りは、南北約510m続く商店街で、野口英世が青春時代をこの地で過ごしている。通りには、幼少期に火傷を負った野口英世を手術した會陽医院があり、現在は1階に喫茶店、2階が野口英世の資料館が入る會津壱番館となっている。その南側の野口英世青春広場には、1958年に建立された野口英世の銅像がある。

【会津ロイヤルプラザ】05:38
地下1階から地上4階までを営業フロアとする商業ビルで、中合サテライトショップ会津のほか、ボウリング場やカルチャー教室などが入っている。

【七日町通り】05:55
東西約800m続く七日町通りにはレトロな建物が建ち並び、その一角にある大東銀行会津支店は、かつて吉田松陰など多くの歴史的人物が宿泊した清水屋旅館だった。

【JR七日町駅】06:15
只見線と会津鉄道会津線への直通列車が乗り入れる。駅は1面1線の地上駅で、ホームは北側、駅舎が南側にあり、無人駅だが駅舎の中にはカフェが入っている。

【神明通り商店街】07:02
南北約340m続く片側式アーケードが設置された商店街。

【リオン・ドール神明通り店】07:21
会津若松市に本社を置くリオンドールコーポレーションが運営するスーパーマーケット。

【レオクラブガーデンスクエア】07:34
地下1階から地上5階までを営業フロアとし、カフェや100円ショップ、TSUTAYA、予備校のほか、カルチャーセンターなども入る商業ビルで、以前このビルは2002年まで長崎屋会津若松店が営業していた。

【興徳寺】07:58
鶴ヶ城と会津の城下町を整備した蒲生氏郷公の墓がある臨済宗の寺院。

【市役所通り】10:24

【栄町・馬場町・上町(歓楽街)】10:37

【会津若松市役所】10:32

【鶴ヶ城】08:31
至徳元年(1384年)に、蘆名氏がこの地に「東黒川館」を築いたのが始まりで、安土桃山時代には蒲生氏郷が本格的な城郭を整備し、町の名前を黒川から若松へと改めた。江戸時代の寛永20年(1643年)に、出羽国から移った三代将軍徳川家光の弟である保科正之が城主となり、以降明治維新まで会津松平家の居城となった。幕末の戊辰戦争では約1ヶ月にも及ぶ激しい攻撃にも耐えたが、その後城は修復されないまま破却された。現在見られる天守閣は、昭和35年(1960年)に鉄筋コンクリート造で再建され、2016年の年間入込み客数は593,177人。

【北出丸大通り】11:05

【福島地方裁判所会津若松支部】10:54

【会津若松合同庁舎】10:59

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