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Published on Jun 2, 2019

イギリス連邦占領軍, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=1... / CC BY SA 3.0

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イギリス連邦占領軍

イギリス連邦占領軍(イギリスれんぽうせんりょうぐん、British Commonwealth Occupation Force, BCOF)は、第二次世界大戦後の1946年-1952年まで、第二次世界大戦における日本の敗戦に伴い、日本を占領するために駐留したイギリス軍、オーストラリア軍、ニュージーランド軍、イギリス領インド軍から成るイギリス連邦の占領軍を指す。

イギリスは戦勝国となったものの、ビルマやマレー半島、香港など東南アジア一帯の植民地を日本軍の占領下におかれた上に、本土もドイツ空軍の空襲などのために荒廃したため、1945年8月より少数のイギリス軍およびオーストラリア軍部隊を東京と横須賀に駐屯させたものの、すぐに日本占領のためのまとまった部隊を送ることができなかった。

しかし、連合国軍間の取り決めにより、イギリスが連合国軍最高司令官総司令部の下で連合国軍の一員として中国地方および四国地方の占領任務を行うことが決まったため、クレメント・アトリー首相は、イギリス連邦構成国のオーストラリア軍やニュージーランド軍、イギリス領インド帝国に駐留するイギリス軍を中心に「イギリス連邦占領軍」を組織し、終戦から約半年後の1946年2月に日本進駐を開始させ、直ちに中国地方および四国地方の占領任務を、1945年9月より同地に進駐していたアメリカ軍から引き継いだ。
最も多い時には兵力は約4万名に達した。これは当時日本各地に駐留していたイギリス軍やアメリカ軍、ソビエト連邦軍やフランス軍などから構成された連合国の占領軍としては2番目に大きい兵員数で、連合国の占領軍として最大の陣容であったアメリカ占領軍の兵力の25%に相当する。

司令部は呉市の旧呉鎮守府司令長官官舎(現入船山記念館)に置かれ、空軍部隊は岩国市などに駐屯地を設けた。他にも武器補給部隊などが、原爆投下による被害が無かった安芸郡海田町の旧大日本帝国陸軍被服支廠海田市倉庫(現海田市駐屯地)におかれた。

また、連合国軍最高司令官総司令部が置かれていた東京や横須賀、戦前より日本の主要な貿易港として、P&Oや香港上海銀行など多くのイギリス企業の支店が置かれていた神戸市にも相当数の部隊が駐屯した。

同地方の日本の陸海軍の武装解除や廃棄兵器の処分、闇市の取り締まりや朝鮮人の不法入国取締りなどの治安維持にあたり、民間行政はアメリカ軍が担当した。

イギリス連邦占領軍は、1946年末までに初期の任務としていた日本の陸海軍の武装解除をほぼ終了し、その後は上記のように占領担当地域内の治安維持が主な任務となったが、同時に日本の警察機構の再建も速やかに行われたために不必要になった部隊を帰国させた。イギリス陸軍および、独立闘争が激化していたイギリス領インド陸軍は1947年に帰国し、1948年にはニュージーランド陸軍が帰国するなどその規模は大幅に縮小された。

しかし1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発した。この時にはイギリス軍の陸軍及び海軍部隊が日本に戻り、日本国内のイギリス連邦占領軍の基地が、朝鮮半島で国連軍の1国として参戦したイギリス連邦軍の後方基地となっている。1952年に日本国との平和条約が締結されると日本の占領任務は終了し、1955年に解散した。

日本の占領任務は終了したものの、朝鮮戦争が継続中であったために、日本におけるイギリス連邦占領軍は、国連軍の一員として(British Commonwealth Forces Korea, BCFK)に改編され、日本との協定の元で引き続き1956年まで日本に駐留した。

当時の在極東イギリス軍は、終戦時まで日本に占領されていたアジアにおけるイギリス最大の植民地であるマレー半島(海峡植民地のシンガポールを含む)や香港、終戦直前まで日本軍に占領されていたビルマなどの主権回復と、インドを含む東方植民地の独立運動の抑制に多数の兵力を廻さねばいけない上に、ドイツ空軍の猛爆にさらされたイギリス本土も荒廃、疲弊していたこともあり、遠方にある日本への大量の出兵はままならず、その結果イギリス連邦占領軍の主力は日本の近くに位置するオーストラリア軍となった。陸軍と海軍および空軍部隊が進駐した。

陸軍は、オーストラリア第34歩兵旅団を主力として広島県内の各所に駐屯し、ニュージーランド軍やイギリス領インド軍も多くを占めた。

海軍は...

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