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3分でわかる上村松園(人から分かる3分美術史27)

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Published on Nov 7, 2016

明治から昭和にかけて活躍した女性日本画家であり、美人画の巨匠として知られる上村松園を紹介します。

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上村松園。1875年生まれ。明治から昭和にかけて活躍した女性日本画家であり、美人画の巨匠として知られます。
松園は、明治8年に京都四条の茶屋の娘として生まれました。
父は松園の誕生前に亡くなっており、母の手ひとつで育てられました。
幼い頃より浮世絵を模写して過ごし、浮世絵は松園の画風に大きな影響を与えることとなります。
12歳で京都府画学校に入学。曾我蕭白の再来と呼ばれた絵師・鈴木松年に入門します。
松園が絵の道に進むことに対して親戚たちは当初反対しましたが、松園15歳の折、内国勧業博覧会に出品した「四季美人図」が褒賞を受賞。イギリスのアーサー王子の買い上げとなったことで、親戚たちも納得しました。
18歳になると、円山派の流れを汲む画家・幸野楳嶺に入門。
松年と楳嶺の画風の違いにより松園は一時期スランプとなりますが、松園はそれを乗り越え独自の画風を見出していきます。
間も無く楳嶺が亡くなると、楳嶺四天王の一人・竹内栖鳳に師事しました。
1900年、松園は日本美術院に「花ざかり」を出品。横山大観、菱田春草に続いて褒賞を受けたことで、松園の名は東京でも知られることとなります。

松園の作品を見ていきましょう。

「花がたみ」は1914年、松園40歳の頃の作品です。能の演目から主題をとっており、松園は本作で恋に狂った女を描くために、精神病院に通ったと言われています。
「序の舞」は松園61歳の頃の作品です。松園は古い物語や故事を取材し、女性の理想像を描きました。
「夕暮」は最晩年の作品であり、松園の最高傑作として知られます。女性の理想像を、物語ではなく市井の風俗から見出しています。絵の中央に縦の軸を配し、扉や廊下で斜めの線を入れた構図は、松園が好んだ構図です。

松園は1949年に74歳で亡くなります。それまでに、多くの傑作を生み出し、美人画の巨匠として存在感を発揮し続けたのでした。

以上!

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