森山 良子 「さとうきび畑」
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私の母方の祖父は軍人でした。
この詩の内容の父の死とはかなり違いますが、
終戦間際のルソン島で部下を護り鉄の雨に撃たれ死んで行きました
。 その妻である私の母方の祖母が女手ひとつ苦労の末に娘二人を嫁に
出し、 尊い家族と共に幾歳月を過ごし、先々月94歳で旅立ちました。
祖母と母の気持ちを考えこの詩を聞いていると、
会った事の無い父に抱かれた夢を見たという歌詞を耳にする度に
涙がこらえられません。
つくづく、戦争とは無意味で、
人の感情の激しさが嫌になるのです。
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本当に名曲ですよね。歌詞を噛みしめながら聴くと思わず涙腺が.
...... ありがとうございました!
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“二度と繰り返してはいけないあの日”
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不朽の名曲とは、このような曲のことを指すと思います。私も齢6
0歳を超えましたが、大学生であった昭和40年代からよく知って います。戦争がいかなることなのか、静かに確信をもって訴える気 がします。先年90歳で亡くなった私の父親(演歌世代でおよそフ ォークなど無関係な世代ですが)がこの歌が大好きでした。20歳 代に10年近く徴兵され戦争の惨禍をいやというほど見てきた父親 ですから、この曲の神髄が理解できたのだとも思います。ころから も歌い継いでいきたい曲です。 -
私も、この曲を聞くと、凄く沖縄戦が大変だったと改めておもいま
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みなさんのコメント見ながら聞いてたら泣けました。
二十歳ですけど歌で泣いたの初めてです。
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私の父は、昭和20年6月27日に沖縄で戦死しました。まだ沖縄
へは行っていませんが、いずれは、慰霊に行ってこようと思ってい ます。 -
この歌は反戦を歌ったものです。今は美しい公園も復帰前はさとう
きびがあるだけでした。人間の運命はどうなるかは父のことでもわ かります。満洲にいた父はあと1年いたら恩給がつくというのを断 って除隊しました。大連で帰還する船にはこれから戦地へ向かう兵 士と交差しましたが、彼等は多数が南方に派遣されました。父もお そらくテニアン島で戦死していたろうといつも話していました。 そう言えば「タッポーチョ」で有名な「ラストサムライ」の大場栄
氏は私の町の英雄です。 -
とても、良い歌ですね。
私はまだ15歳で、戦争のことも全くわかりませんが、
さとうきび畑のような歌を聴いていると、とても、切ない気持ちに
なります。 10代のうちに沖縄に行って、サトウキビ畑や戦争の跡地を見てみ
たいです。 戦争の残酷さを少しでも知ることができればいいです。
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僕の祖母の叔父が東部ニューギニアで陸軍軍曹として存在してまし
た。 しかし、そこは医療が進歩していなく戦が終わって部下とともに帰
る為に橋を渡ろうとした直前に感染症で亡くなってしまいました… この曲を聴くと涙が出てきます…
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急に聞きたくなり、聞いてみましたが・・・後悔しました
涙が止まりません
あまりに悲しく切ない歌
同じ人間なのに・・・
mamesibamarukomidoriさんコメントありがとうございます。この歌は沖縄での戦争を題材にしたものと思われます。戦争で父親をなくした子供が父親のことを思い、森山 良子さんが切実と歌われています。心に響きますね。
bisuness36 2 years ago