わびさびとは日本美術や茶道の基本理念です。以下をお読みください。
「わび」とは、静寂さや、質素さの持つ美しさ。
「さび」とは、枯れた古さの持つ、美しさです。
どちらにも共通するのは「美」がそこに存在する事です。
わびさびを極めるとは、つつましさの美を知る、
「足りることを知る。家は漏らぬほど。食は飢えぬほど」ということです。
frugality・・・つつましさ
patina・・・古色
例えるならば、
唐辛子や胡椒の辛さ(外国文化)と山葵の辛さ(日本文化)の違い。
満開の桜よりも、花が散る様子を愛でる日本人の感覚。
宝石よりも、川原や山道の石ころに感動する気持ち。
古びた昔から残っている古民家や建築を素晴らしいと感じる感性。
木枯らしの中で、茶色く染まった木々とその葉に対する想い。
華やかな花園よりも、一輪の花に感じる趣き。
ただし、それは、単なる骨董品趣味ではありません。
単なる古さのことではなく、
単なる簡素さではなく、
単なる質素さや貧しさの事ではありません。
そこにはかならず「美」と「品格」と「趣」が
存在しなければなりません。
●私の言葉で言うならば、
日本人の美に対する、この美観とは、
「寂しさと悲しさを含む美」に対する「絶対音感」のようなものです。
つまり「死の要素」を含む「美」を観る事が出来るということです。
ヨーロッパの庭園と日本庭園の差を見ると、理解しやすいかもしれません。
また、味の基本である、甘み、辛味、酸味、苦味、に加えて、
日本人は「旨味」を論じる。
その味を実際知らないと、決して分からないという意味では、
「侘び寂び」とは、概念ではなくて、感性である。
【文末に「旨味」に関する補足説明をしました】
さて、侘び寂びを感じる対象には、
自然の情景と、人工物がある。
しかし、どちらの場合もそれを成立する条件は
次のようなものです。
1-簡素であるが、気品や趣がある。
2-儚さ、悲しさ、寂しさを含む=つまり「死」や「老い」をも美の一つと考える。
3-時には機能美があり、また古さを含む場合も多い。
これに対して、江戸っ子や京都人の「粋(いき)」とは、
時には、機能性を無視する場合すら持つもので、
日本人の持つ「遊び心」の現れの一つである。
それは少しの派手さを含み、またミスマッチをも含むことがある。
日本独自の感覚によるクールさであり、
またはスマートさであり、欧米の感覚とは違う美観です。
_________________
比喩として使った【旨味】の化学成分について補足。
東南アジアにも、旨味はあります。
ただし、日本人が主張した「旨味」を外国の学者たちは、
「それは既存する味の組み合わせに過ぎない」として、
長い間、一笑してきたようです。
ところが、下記のような化学成分が発見され、
また2000年には、人間の舌に、旨味成分の受容体が発見され、
旨味の「実在」が認められたようです。
グルタミン酸【だし昆布】
イノシン酸【鰹節】
グアニル酸【シイタケ】
_____________
Constituent of "Umami" exists in Chinese food, Thai cooking, Vietnamese cooking.
Incidentally, chemical composition of main Umami in Japan are,
1-glutamic acid
2-inosinic acid
3-guanylic acid
By the way, a chemist and a cook of a Westerner thought on Umami that it was only mixing of pungent taste and sweetness for a long time.
The European expert continued denying entity of Umami for many years.
However,
Glutamate receptors (mGluR4) was discovered in human's taste buds in 2000.
Then Umami was recognized as the entity.
_____________________________________________
All Comments