ランボルギーニ・イオタ
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イオタモデルのミウラ
製造国 イタリア
販売期間 1969年
設計統括 ボブ・ウォレス
乗車定員 2人
ボディタイプ 2ドア
エンジン 水冷 V12 DOHC 3,929cc
変速機 5MT
駆動方式 MR
イオタ(Jota )は、ランボルギーニが1969年に1台だけ製造した実験車両(通称「J」)、および同社のミウラをもとに製作された「J」のレプリカ車両の通称である。
名称について [編集]この車両は製造当初、FIAの競技規定 付則J項にちなんでJと呼ばれていた。その後、この個体の存在が広く知られるようになると、外見がよく似た「ミウラ」を改造して「J」に似せた個体がランボルギーニ社内外で生み出されるようになった。これらの個体は「Jota」(ラテン文字の字母「J」のスペイン語における名称)と呼ばれるようになり、そこから派生してオリジナルの「J」も「Jota」と呼称されるようになった(ただしJotaのスペイン語での発音は「イオタ」ではなく「ホータ」となる)。
シャシーNo.3781
1968年11月30日に工場を出たミウラP400をベースとし、ヘルベルト・ハーネの注文でSVJに改装され1975年11月工場を出た。当時の最新ロープロファイルタイヤ「ピレリP7」装備のため、後輪用にノーマルと同じパターンのディープリムホイールがカンパニョーロによって作られ、それに合わせてリアフェンダーがかなり拡げられている。ハーネは自分のディーラー工場でレカロのシート、AUTOFLUGのシートベルト、ブラウプンクトのオーディオ、BBSのホイール、ウォルター・ウルフがオーダーした極初期のカウンタックLP400に装着されていたものと同形のリアウイングを取り付け、よりレーシーな外観に仕上がっている。この車はSVRと呼ばれ、一人のオーナーを経て当時30万米ドルで日本人に売却され、1976年6月2日に日本に上陸した。長らく愛知県小牧市のショップで保管されており、かつてはNo.4892と同様に各地のスーパーカーショーで展示されて回った。現在オーナーは代わったものの未だ日本にある。
just great, very aggressive.
bingrasm 1 month ago
このキャブ吸気音とエグゾーストノートはトリハダ物です。
素晴らしい仕上がりですね!!
halneko 1 month ago
Lovely Jota specimen- love the details, & especially the 400 km/h speedo! Perfect rare jem...
tvkhaled 5 months ago