◆紅葉
2008年製作/ヴィデオ作品/カラー/50分
山のなか、トマト農家を営む男と都会に望みを置いてきた女との若き日常は微細な緊張や葛藤を繰り返すなか、確実に自然と密接した己らの有機的な達成へ向け前へ前へと進んでゆく。忘れられ行く風景に刻み込まれた反都市型中篇映画。
監督 脚本 山崎樹一郎
製作 加納一穂
助監督 岡本隆
撮影 進巧一 Bert Hunger
主演 藤久喜友 横山倫子
製作 配給 シネマニワ
cinedrive2009特別賞受賞
■木津川 計 (「上方芸能」誌発行人)
青春の一途さと煩悶である。父の故郷・岡山県湯原に定住、トマト農民としての自立にひたむきな日常を被写体に、自ら脚本、監督。
「牛飼(うしかひ)が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる」と昂然だった歌人・伊藤左千夫のように、トマト作りが映画を撮るとき、世の中の新しき映画はさらにうねるのである。
河瀬直美が奈良を離れぬように、山崎樹一郎も山合いの村を凝視し、発想し、動かない。足元を掘る。そこに泉の湧くことを河瀬同様、若き山崎も知っているのだ。
見えない明日を見ようと努める青春、添えな男女が添える日の準備の準備を約束させる結末まで、流れでなく、ショットを重ね、つなぐ、反ドラマ的ドラマで農村と都会を結びつけたのである。
一極集中の東京へではない。農村へ帰ろう。土と山の中に、都市文明が奪った人間的絆を 再生させる可能性がある。若き監督はそう考えている筈だ。
■広川律子(大阪千代田短期大学教授)
山崎樹一郎さんが、トマト農家に転身されると聞いて数年。作品には、瑞々しく熟すトマトが、すさんでいく若者の姿と対比して描かれている。おそらく都会で社会変革の夢破れ、農村に戻った若い男女。人間的なつながり、土に生きる喜びを期待して戻った筈であるが、希望を見出すにはほど遠い山村の現実。やっとの思いで出かけた祭りは、男には絶望しかもたらさず、連れの女とさえつながる気力もなくし、やがて、酒におぼれる。追い詰められた女は、古い草刈り機で、男を古い屋敷中、追まわす。男は、なんと翁の面をつけて応戦。「お面なんか脱いで自分を取り戻すんじゃ!」とばかりに女に詰め寄られる象徴的な場面。現代の農村問題を深刻にえぐりながらも、直載的な切り込みをしない監督の美意識があちこちに見られ、山々はあくまでも青く、せせらぎの音が耳に残る。多くの方々にご覧頂き、この国の農に生きる若者の静かな怒りと紡ぎ始めた希望を感じとってほしい。
■木村文洋(映画監督『へばの』)
映画がただ映画に向けてつくられ、
人間も感情も言葉も風景も、映画を構成する装置に成り下がりつつある今、
『紅葉』はこの世の音をすべてかき消し、山を通過する一瞬のわずかな音に、耳を澄ますことから始まる。
山の音がこの映画にコダマしている、とまでは言えない。
ただ私たちに、只事ではないその背を向ける男が、その視線の先に見据える柿の木、
静まり返った夜明けの道で、女が踏み殺してしまうケモノの心臓、
私たちは今、映画でそれを見つめ、聴くことをもう一度大事とすべきだ。
―『紅葉』は、ゼロ年代・ゼロ世代などと呼ばれた最初の10年がいま終わる、前夜にこそ、撮られた映画だと思う。
詳しくはhttp://cinemaniwa.web.fc2.com/
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