※耳が不自由な方がご視聴することを想定し、アナウンサーの音声を活字にて記しておきます。
「4月24日午後1時40分頃横浜、桜木町駅を目の前にして京浜線下り電車が乗客もろとも一瞬にして燃え上がるという大惨事が起きました。修理中のこの架線がパンタグラフに巻き付いて火を噴いたためであっという間に二車両を焼き、死者105名、重軽傷者55名、現場は目を覆う惨憺たる有り様です。惨事を起こした問題の(※1)ロクサン形電車は...」
※ロクサン形電車
国鉄63形電車。1944年から1951年にかけて製造。全長20m、片側4扉タイプの、通勤向け車体を本格採用した車両です。ですが、登場の経緯から粗悪で不完全な設計であり、1951年の桜木町事故に際しては、63形の名を世の中に知れ渡す結果になりました。桜木町事故で欠陥が浮き彫りになり、全ての63形は安全対策を主とした更新修繕を受けて、72系に改称されました。72系に改称された後、事業車に改造されたクモヤ90005(旧モハ63638)が、名古屋市港区のリニア・鉄道館で63形時代の姿に復元され展示されています。(Wikipedia要約)
事故概要
1951年4月24日、京浜線桜木町駅構内の上り線で碍子交換工事を行っていた工事作業員がスパナを落としてしまい、上り線の架線を垂れ下げてしまいます。作業員は上り線のみ列車を進入させないよう手配を行いますが、下り線は通常通り運行できるとしました。その結果、京浜線の下り電車(国鉄63形電車)が下り線からポイントを渡って上り線に進入し、垂れ下がっていた上り線の架線に先頭車のパンタグラフが絡まってしまいます。運転士は急いでパンタグラフを下ろそうとしますが、先頭車のパンタグラフが破損して車体と接触した状態になり、そこに電流が流れ激しい火花とともに屋根の可燃性塗料に着火し、炎上を始めます。非常ドアコックの位置が表記されていなかったこと、窓が中段を固定した三段窓で脱出が困難だったこと、63形が安全部品を省略した車両であったことなどが死者数を増やした原因とされています。最終的に先頭車が全焼、2両目が半焼し死者106人、重軽傷者92人を出しました。
亡くなられた方々に心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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