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雲仙「温泉神社」

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Uploaded by on Feb 4, 2009

自然と歴史の宝庫、国立公園「雲仙」へ行こう!
 温泉神社は、満明寺と同じ大宝元年の創立と言われ、四面宮として古事記に記されています。四面宮とは九州の四神のことで雲仙だけでなく、九州の守護神であったと言われてい­ます。明治の初め、維新政府は天皇の神権的権威確立の為、従来習合していた神道と仏教を分離する政策、いわゆる「神仏分離令」を命じました。これが愚かな排仏毀釈(神社に­おける仏道・仏像・仏具の破壊や除去運動)を呼び、廃寺・合寺などいたる所で行われましたが、温泉山に於いて、四面宮・普賢神社・妙見神社を管理していた一乗院も、維新政­府の命により四面宮を分離し、四面宮は「筑紫国魂神社(ちくしくにたまじんじゃ)(現、温泉神社)となりました。
 大宝元年(701)僧行基によって温泉山大乗院満明寺が創建したと言われていますが、これが四面社(今の温泉神社)の発祥と云われ、仏様が世の人々の心を救おうとするので­すが満明寺をお守りするのが、ここ温泉神社であったと・・。貞観2年(860)には、従五位が与えられていますが、その分霊社が当初四社あり、その後に半島に十四社に増え­、庶民は「おしめんさん」と親しんできました。また、九州諸大名は武の神としても崇拝し、奉納のために特使を派遣していたそうです。
・・・「こうした温泉四面神について次のような伝説が残っています。それは、十三世紀初頭の蒙古来襲の時、元軍に一身三面の勇士(神)があって幕府軍を悩ましたが、忽然と­して幕府軍に一身四面の勇士(神)が出現してこれを撃退したという・・。そこでその一身四面の勇士の本性を尋ねると、実は肥前温泉山の神であるといい、このため幕府はその­恩賞として祭田を寄進したという。(修験道とキリシタンP32:根井 浄 著)」
 地元島原半島では、今でも温泉神社末社を「おしめんさん」と呼んでいます。現在も半島には15から16箇所の「温泉神社」が現存しており、当時それらの中心に温泉山があり­、女人禁制の修験道の聖山として繁栄していましたが、、、有馬晴信の改宗、寺社仏閣の破壊により悲しいかな・・・。詳しくは下記ブログへ
☆温泉山の歴史ブログ☆
http://blog.goo.ne.jp/westmac/

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