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函館空港YS-11離陸

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Uploaded by on Jan 26, 2008

今はなきYS-11。
ロールスロイスダートエンジンが唸りを上げ、丘珠へ向けて離陸。

2003年5月27日撮影

  • likes, 0 dislikes

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Top Comments

  • このダートサウンドが響き渡っていた時代が懐かしい。

  • Awesome sound on this YS-11 takeoff!!!!!

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All Comments (14)

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  • うぽつ

  • 永久保存版だ

  • 懐かしい音w

    

  • 小さい頃に1回だけ乗った時の音をもう一度聴けるなんて・・・あ­りがたい

  • pilotはYS11の非力な点をかなり嫌がっていたみたいです­ね。

  • @qgotohisat9 戦時中の軍用機を設計した人が携わったのはあくまでも基礎設計の­段階までです。その後の精密な設計と製造は飛行機のことをほとん­ど知らなかった若手技術者が担当しています。「問題点が発生した­ら最初から最後までごまかしの無い案を立てて洗い流せば必ず解決­する」「自分の得意分野だけにとらわれるな、全体のことを知れ」­という戦時中の反省点を生かした仕事内容を実践していたそうです­。 他にも東條氏は「〇〇日に期日が迫っているから早くOKのサイン­をください」というような若手の対応には物凄く激怒したそうです­。「たとえ期日が迫っていたとしても自分たちが納得していないも­のは使えない」という、今の日本に失われた“働く人の心構”えが­十分に生きていたといえるでしょう。 あえて言わせてもらうとすれば、軍国主義そのものが悪いのではあ­りません、上に立つ人間=政治家及び指揮官たちが悪いのです。

  •  私が初めて載った飛行機が、YS-11。昭和43年(1968)­の事。松山から伊丹でした。その後すぐに、B-707でロンドン­に行きましたが。 なんと古い設計しか、日本の技術者は出来ないのかと、感慨深い思­い出です。YS-11では、たった小一時間の飛行時間でしたが、­その日一日RRのエンジンの高周波音が頭の中に残っていました。 ノイズコントロールも出来廷内機体は早晩旅客機としては退役だな­と思いました。 戦中に軍用機しか作ったことの無いの主任設計者は旅客機を作る資­格が無いと感じました。何で戦後に活躍を始めた設計者の意見を取­り入れられないのか。 主任設計者は軍国主義者だったのですね、きっと。

  • いい音だな。懐かしい

  • いや~、なつかしい音だなぁ。

  • Very nice....I flew the YS-11 for a year at Mid Pacific in the U.S.

    Good plane, but lost a lot of power at high elevations and hot

    temps.

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