長野の真実、チベット系台湾国民タシイさん
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タシイさんの拘留期間が2日間から10日間に謎の延長されました
。 警察は、逮捕すべき長野の支那人を逮捕せず、日本人やチベット人
だけを逮捕した上、特に理由もなく10日間以上拘束するつもりで す。 -
聖火や愛ちゃんに対する暴力ではなく、
テレビカメラに向けた示威行為です。
在台湾チベット人二世のタシさんの父親は
1959年の中共によるラサ包囲の際死刑判決を受け、
インドに亡命しました。
せめて抗議の意思を表したい一心なのです。
All Comments (48)
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支那人は地獄に帰れ!
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改めてタシイさんの行動を支持します。
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waratte1212さん、彼は日本から発信しているシナ人で
すよ。 彼の「お気に入り動画」をチェックしてごらんなさい。
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普通の中国人でさえ、中国政府の発表を鵜呑みにする人は少ない。
中国政府の発表を検証しようともしないkoudaitirou には世論との乖離を感じざるを得ない。
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>暴動は3月14日からおこったものです。
発生が3月12日、拡大したのが3月14日、ではありませんか?
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>もし君が国会議事堂の前や皇居の前で無届のデモをしたら100
%排除されますよ。 そんなの当たり前でしょ。
当初の話では、そんな特定の場所の話をしていないでしょ?
一般論からそんな特定のケースに飛んだら無茶ですね。そういうの
を「話のすりかえ」というのです。 私は、「国内のすべての場所で、無届けデモが認められている。」
などと無謀なことを言っているのではありませんよ。 「無届けのデモが黙認されるケースはあり、そして現実に行われて
いる。」と反論しているのです。具体的に言いましょうか。たとえ ば...、国道旧1号線を静岡市から焼津市までプラカードを持っ て50人が歩道を無言で1時間デモ行進したとしましょうか。他人 の通行を妨げないよう配慮してです。もちろん無届けです。おそら く、このデモは黙認されるでしょう。たとえあとで発覚しても「逮 捕」されたりしないと思います(理由:実害が無いから)。 認められるケースが1件でもあれば反論として足りる、という論理
はご理解できますか?。 ところで、貴国の憲法35条についてはどうお考えですか?
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まさに、3月10日がチベット暴動の記念日にあわせた行動だった
のです。 インドのダラムサラからチベット自治区まで抗議行進でデモを煽っ
ていました。 また、彼らはチベット青年会議などのテロ組織などと携帯電話でや
りとりをしていたのです。 暴動は3月14日からおこったものです。
警察が暴力を振るったから、暴動に発展したということをテロ行為
の正当化にはできません。 警察が暴力を振るったビデオなんかあるか?彼らが自制していたの
は間違いないでしょう。 商店、学校、警察、銀行に放火、殺害、略奪を正当化できるのか?
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>何処の国でも無届デモなんて認めてる国なんかありますか?
ありますよ、もちろん。
たとえばトーチリレーの順に並べたら、少なくともドイツ、イギリ
ス、フランス、アメリカ、日本、韓国ではふつうに見られますよ。 規制するとしても、せいぜい、車道をデモ行進したら車の通行を妨
げないよう、歩道に押し戻す程度でしょう。殴る、蹴る、逮捕する 、なんてあり得ません。 第一、当局に届けられた「お行儀の良いデモ」なんてめったに見ら
れない韓国で、「無届けデモ」が認められなかったら、おそらくほ とんどの抗議デモ(年中行事?)が見られなくなるでしょうね。 ところで、中華人民共和国の憲法、第35条はどうなんですか?
1982年に追加された、中華人民共和国憲法35条にはすごく立
派なことが書 かれていますよ。日本語に訳すと、 「中華人民共和国の国民は、言論、出版、集会、結社、行進および
示威の自由を享受する。」 ちゃんと憲法に「行進および示威の自由」が保証されてるじゃない
ですか!
聞き取りづらくすみません。産経の元記事を添付します。『ハプニングは突然起きた。JR長野駅や善光寺周辺と比べて、比較的観客の数が少ないコース中ごろの沿道。「フリーチベット!」。チベットの旗を握りしめた男がロープをまたいで車道へ飛び出し、聖火ランナーの列に飛び込んだ。警官隊に取り押さえられ、地面に顔を押さえつけられながらも、「フリーチベット」の泣き叫ぶような声は消えない。 男は、台湾に住む亡命チベット人2世の古物商、タシィ・ツゥリンさん(38)。「私はオリンピックに反対しているわけではない。ただ、チベットの惨状を全世界に訴える絶好の機会だと思っている」。この日朝、沿道の別の場所でチベットの旗を広げていたタシィさんは記者にそう話していた。 タシィさんは、中国のチベット侵攻後の1959年、チベットからインドに亡命し、その地で生まれた。紛争は直接経験していないが、父親の壮絶な体験がタシィさんの心に刻み込まれている。 父親は紛争の最中、政治的理由で中国公安当局に拘束され、死刑を宣告された。しかし執行の前日、一か八か、小さな窓から絶壁に向かって飛び降りて脱走、一命を取り留めた。
amaiman10rou 3 years ago