神々が人をつくらしし時、その人の女が、あまりにも美しい故に妻に娶った云う。この、人の美貌を愛され神々に、何故に人は恥をかかせるのか?
神が我に似せて造らしし神の子を何故に狩り取るのだろう。人が美しく別けても人の女の母としての美しさよ。神を父と神を母と天を仰ぎ知に触れ伏すほどに愛を注ぐのなら、何故に我ら神の子に、父母と等しく愛を注ぐわけにいかないのか。
この百年もたたないこの前におこった、ユダヤあるいはロマにたいしてナチスがおこなった『人間狩り』は、全てはローマの意志によって人が神の名を騙っておこなった、人類最大の神への反逆。聖マドンナに対する辱めなのです。
おお、神よ、神よ、神よ! 貴方は子のガイアの荘厳に君臨する高貴でしかも、我らの父母にあるのなら、何故にこの辱めをゆるされるのか。
もし、さ、なくば、今よりは彼の元に下り来て、神が力のありしこと、神の意志の在らしめんことを知らしめよ・・・。
もし、もしも、もしも、さ、なくば、力なき神よ、わが心所から・・・
神よ立ち去れ!
なぜならば、自由とは、自主独立とは、人が信仰に正しく、守るものが在る故に自由で在り続ける。 マスターぴん
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