2009年10月31日、宮崎市の市民プラザで、「戦争体験を語り継ぐ三世代交流の集い」(原爆と戦争・宮崎空襲展を成功させる会、代表:池田一・元宮崎大学学長)が行われました。満州開拓団員の妻であり、その後中国残留婦人となった原田ミヤさん(86)が、その体験を語りました。
宮崎市在住の原田ミヤさん(86)は、1942(昭和17)年、満州開拓団に行っていた日本人男性と結婚しました。夫が再び開拓団に向かうため、4月25日、夫婦で旧満州へ移住することになりました。当時、満州開拓団は国策で、結婚して満州に渡る女性のことを「大陸の花嫁」と呼んでいました。
今回の会には、孫の静さん(30)も同席されました。
1982(昭和57)年、ミヤさんは宮崎に戻り、8年後の90(平成2)年には、孫の静さん(30)も生まれ故郷・中国を離れました。日本語も日本の習慣も知らず、戸惑いながらの生活でした。
静さんは宮崎公立大学に進み、その卒業論文で、戦争や開拓団時代のなかで生き抜いてきた祖母の歴史を「家族史」としてまとめ、当時の日本と中国の関係だけではなく、今の自分が置かれた運命を見つめ直しました。
このことは、第12回FNSドキュメンタリー大賞「大地に生きた愛と運命~中国残留婦人三世の家族史」(制作・テレビ宮崎)として、2003年5月に放送されました。
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