22日午前0時、
私の祖母、叔父、伯母、従兄弟...
多くの親族が暮らしていた町が、
「避難指示区域」から「警戒区域」になった。
今後暫くの間、「警戒区域」は「立入禁止」だという。
それを決めたからには、何らかの「理由」があってのことだろう。
災害対策基本法により、
それに背けば「罰金」「拘留」を科すと聞けば、
背ける筈もない。
けど、私に一言だけ言わせてほしい。
そこを離れることの出来ない住民は、
どうすればいい?
多くの牛と共に暮らしてきた酪農家はどうすればいい?
私たちは今日まで、
分け隔てない命とともに、暮らしてきた。
それがなぜ「警戒区域」の中にだけ、
こんな惨たらしい現実が、放置され続けているのだ。
多くの生き物が、この中で犠牲になっている。
多くの生き物が、それでもなお生き続けている。
震災から1ヶ月半が経過した今、
それでも牛が生き続けているのは、
それを世話する人間が存在するからだ。
私が牛舎に近づいただけで、
耳をふさぎたくなるような声で鳴き叫ぶ、命の声。
そこに立ち入ることが、今日からは許されない。
立ち入れば、「罰金」「拘留」
私の元へは「あれから牛はどうなりましたか?」というメールが
毎日のように届いている。
その方々に対し、あの牛たちは避難出来ましたと報告したいが、
現実は夢物語のようにはいかないことを私は知った。
警戒区域内の牛から絞られた牛乳を、他と分け隔てなく飲む。
それが多数であるなら、あの命を救う事もできるのだが...
私の望むことはただひとつ。
あの牛たちを、せめて殺処分にしてほしい。
繋がれたまま、ただ息絶える時間を過ごさせないでほしい。
餓死だけはさせないでほしい。
このブログを読んでくださる読者の皆様へ
この現実を、あなたの周りにいる多くの方々にお知らせください。
この現実を、多くの報道機関、マスコミにお知らせください。
この現実を、政治に携わる方々へお知らせください。
365日、家族同様に扱われた牛たち。
365日、たった1日も休むことなく愛情を注ぎ続けた酪農家の方々。
その「命」と「思い」に、警戒区域は立入禁止と、
突然決めてしまった行政。
今からお届けする写真は、とても残酷な現実です。
牛の鳴き声は、昨日4月21日
私が牛舎に近づいたときに収録しました。
この近隣だけでも、他に2つの牛舎があります。
それぞれの牛舎には、生きている牛がまだ数多く存在します。
「警戒区域」は「立入禁止」
それを決めるには、あまりに酷い現実です。
私は、せめて殺処分にしてほしいと思っています。
あなたは、この現実をどうすべきだと思いますか?
長野泰昌
http://blog.livedoor.jp/yasoohjapan/
私の番組「Radio NaGa」にて、
置き去りにされている原発20キロ圏内における
家畜の実情、ペットの実情を話しました。
http://naganogundan.sakura.ne.jp/110423_radio_naga.mp3
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