2007年4月 外国人初となるインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任し、同年12月の第24回東南アジア競技大会(アジアンSEAゲームス)に出場。宿敵フィリピン代表には大会史の名勝負と語り継がれる好ゲームを展開したが「1-0」で惜敗。無念の銅メダルに甘んじる。そのリベンジとして2009年5月、第8回アジアカップに参戦し、香港代表、スリランカ代表をことごとく破り初の決勝へ進出。決勝戦では優勝候補筆頭、150kmの投手を抱えるパキスタン代表と激闘の末、8回に逆転をし「3-2」で破りインドネシア野球史上初の金メダル/アジアカップ初制覇をもたらした。このアジアカップ優勝によって同年7月に日本で開催された第24回アジア選手権大会への出場権を獲得し、念願の「日の丸軍団、日本代表ナショナルチーム」との対戦を実現させた。この日本代表ナショナルチーム戦ではレギュラー選手、控え選手全員を試合に投入し「無失策での完敗」と言う驚くべきデータを実証した「野中インドネシア」のドキュメント。
野中 寿人(のなか かずと)
1961年6月6日生 日大三高(1979年夏、第61回選手権大会出場)-日本大学
2006年 バリ州代表チーム監督
2007年‐2010年 インドネシア代表ナショナルチーム監督
2011年‐2012年 東ジャワ州代表チーム監督
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