被爆ピアノと歩む調律師「千田被爆ピアノ物語」 Since 2005 8.6

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Uploaded by on Jun 23, 2008

1945年8月6日、広島に原爆が投下された時、爆心地からわずか1.8km地点(広島市千田町)で被爆し、奇跡的に後世に残った1台のピアノの物語である。ガラスの破片­が無数に表面に突き刺さる。2005年7月13日、被爆所有者より矢川さんという調律師に託される。(1932年製造、85鍵盤、象牙鍵盤、製造番号ヤマハ18209)
 
 矢川光則さん
1995年広島市で生まれる。大手ピアノメーカーなどを経て、1993年生まれ育った広島にヤガワ楽器調律センター設立。
1995年矢川ピアノ工房設立を機に、古いピアノを再生し、発展途上国や福祉施設に寄与する奉仕活動を始める。(2005年12月現在 第115台)功績が認められ、2003年広島市民表彰(市民賞)を受賞。
同年11月第2号広島市民表彰(市民賞)広島市役所にて受賞。
2006年11月第632号日本善行賞内閣府所管 東京都明治神宮参殿にて受賞。
 奉仕活動の中で被爆ピアノを託される。被爆した父から聞いた話が深く心に刻まれていて、「被爆ピアノで世界共通言語の音楽を通じて、様々な人に平和について考えてもらおう­」と2000年より平和記念公園でコンサートを始め、現在は全国で「被爆ピアノ・平和コンサート」を行っている。

激励の言葉 ムービー制作について
 矢川光則さんと出会ったもう幾年にもなる。初めての出会いは、
「畑のコンサート」での取材時。ピアノ調律師とは知らずに、新感覚のコンサートに胸が踊ったのを覚えている。私が矢川さんから感じるものは、最大限の自分を発揮しているこ­とである。生きている限り自分に何ができ、そして何が残せるか、これは私にとっても大きな課題だった。まさにその課題に全身全霊でぶつかっている矢川さんは、常に「動」で­ある。日々の地道な積み重ねが、どれだけ多くの出会いとチャンスを作って来たか。そのことも教えられた。プロの調律師として仕事に向き合う矢川さんとは違った一面を知るこ­とで、私も矢川さんの活動を何か形に残したいと想い、一つのDVDにまとめてみた。調律とは耳を研ぎ澄まし、技と感覚で一つ一つの音を合わせていく。プライベートでもピア­ノと過ごす時間は、人生の大半だという矢川さん。私も誰かを応援せずにはいられない。生きている限り、生涯伝え、記録に残す、そんな仕事を好きだから今後も続けていきたい­。「被爆ピアノが語る平和の音色」これからも世界中の人々に届けたい。今一時、一時が大切な瞬間であり、私たちはその瞬間を生きているのだから。
 メディアクリエイター&ジャーナリスト SHOKO.YAMADA

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