戦後の焼け野原から復興した昭和30年代当時、北部浅草地域の山谷の子供達が一年で一番の楽しみにしていることがあった。それは、毎年夏の大潮の日曜日に隅田川から小船に乗って東京湾へ繰り出す海水浴だった。
山谷の安宿街の中心点、泪橋交差点から徒歩で5分程、白鬚橋のたもとにあった船宿の木造の小さな桟橋から小船に乗り込む。その辺りは明治天皇が何度も行幸された地で、明治維新の元勲「三条実美」の別荘、対鴎荘の桟橋があった場所だった。
海水浴の場所は現在のディズニー・リゾートの近くで、東京湾の葛西沖だった。かつて"夢の島"と呼ばれた場所も今は埋立地になっているが、当時は肥沃で大きな干潟があった場所だった。
潮が引くまでの間にまずは海水浴。その後は簀立漁法で魚を手づかみ。潮が完全に引けば潮干狩りでアサリやハマグリなど貝類の取り放題。
昼ともなれば潮風を浴びながらの船上の大宴会。獲りたての魚の天ぷらと貝汁で昼食を。お土産の獲物はご近所での大行列のおすそ分け。行列に見知らぬ山谷の労働者のおじさん達も加わり思わぬプレゼントにご満悦の笑みが...。
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