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Uploaded by superultrax1 on Dec 12, 2011
連合艦隊司令長官ニイタカヤマノボレとらとらとら明治維新を成し遂げた大日本帝国はアジア唯一の独立国として欧米列強に抵抗全世界が白人支配奴隷国となる寸前、防波堤となった。1929年アメリカウォールストリート発第一次世界恐慌勃発経済は一気に崩壊し、世界は保護貿易ブロック経済制に移行。輸出のできなくなった日本は大東亜共栄圏建設のため遂にペリー以来大砲で恫喝し不平等条約を結ばせ搾取していた米国に戦いを挑むのである。
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もういちど見たい映画ですねぇ^^役所さんの演技は一流だった!
kamikaze88attack 2 weeks ago
@taka760210 見てからいえボケwww
superultrax1 3 weeks ago
映画見てきました、良く出来ているがフィクション、エンタテーメントには悪訳が必要、新聞の主筆と、南雲中将がその役回り、
真珠湾の主目標、戦艦か、空母か議論があったようです、航空主兵が定着するのは真珠湾攻撃の二日後のマレー海空戦で、議論は中途半端だったよう。 二次攻撃の件について、南雲は最初からやる気は無かった、他の司令官も異存はなく、山口多聞の二次攻撃具申は無かった(太平洋戦争の意外なウラ事情、)この映画やトラトラトラの艦橋内での議論も無かった。すぐに帰投したのではなく、いったん北方に退き策敵の上、行動中の空母が発見できなかったので帰投している。(源田実、真珠湾作戦回顧録) 他にもおかしなところはたくさんある、艦隊勤務(広島県の柱島)の南雲が、東京の軍令部長にたびたび会って直接指示を受けるなんてホントにあったの? ハワイ攻撃はほとんど誰も考えなかった、それの成功にタダ乗りして戦略家気取り、南雲バッシング。ハワイ作戦の事前図上演習での結果は日本側全滅、死を覚悟で行った軍人に対し非礼。
映画はフィクションとして楽しみましょう。歴史上の評価はまた別。
280803AKIRA 4 weeks ago
戦争もそうでうが、同盟が機能するかどうかなんて、その時になってみないとわからないんじゃないですか?日露戦争当時の日英同盟でイギリスは参戦してくれましたか?一緒に参戦してくれない同盟は無意味のように聞こえますが。確か、アメリカのジェット戦闘機は実戦には投入されていませんね。量産はされたかもしれませんが、信頼性がレシプロ機より劣っていたからです。太平洋戦争当時の指導者には確かに明確なビジョンはなかったと思います。しかし、それと勝敗はあまり関係ないと思います。朝鮮戦争は文革の前ですし、中越戦争では中国はベトナムに勝ったんですか?
hashimotomd 1 month ago
@hashimotomd さんレスポンスで間違えて返信してしまいました、見といてください。↓
三国同盟について補足、「強固な同盟国」とあえて断ったしょ、枢軸国版ノルマンディー作戦、無かったでしょ、こう書くとインド洋作戦のことを言いだす人が多いけど、あれが戦局にどれだけ影響しました。ヒトラーは最初から東洋人嫌いなのだから。日本が戦争終盤に技術供与を受ける時ですらしっかり対価をとっています。 それと日露戦争との違いと、技術レベルの見解どこに行ったんです?私は書き込むときも、それなりに手持ちの文献なり調べて時間もかけ書いている。都合の悪いところは飛ばしての反論など無責任極まりない。 中国戦線、15年戦ても勝てなかった現実、「それでも日本は戦争をえらんだ、加藤陽子、朝日新聞、など」。対米戦に関しては物資の限界、技術の遅れ「太平洋戦争何(上下)、児島譲、中公新書、など」 そして何より指導者の戦略の無さ、無責任、決して結果論ではありません。ごく一部ですが論拠を示しました、あなたは、どんな論拠をお示しいただけますか。
280803AKIRA 1 month ago
朝鮮戦争は表向きは義勇兵です。「鴨緑江を超えて攻撃をするな」と言う中央の命令にマッカーサーが怒った話し知らないんですか?中国との戦争にそれほど気をつかったのですよ。 文革でそれどころではない? 教条的共産国家は、自分たちの負担を顧みず革命の輸出すると信じられていた。事実、国内の不安定を顧みず朝鮮戦争など革命支援をしている。 中越紛争、中国は人海戦術に自信を持っていたし、.それで勝ってきた、しかし近代化したベトナム軍に負け、軍の近代化の契機となった、日中戦争30年後の話、話の飛びすぎ。 核兵器については、広島の原爆資料館でも見てそれでもたいしたことないと言えるなたいしたもの。 単独では中国は勝てない、中国自身が分かっている、だから米英を巻き込んで日本に勝った、駐米大使だった、胡適の理論でも調べてみてはいかが、過激ですが、日中戦争はこれに近い形になっている。 中国(国民党、共産党)に戦力がない?!、中国本土で何十万人戦死してると思っているのです、少しご自分で調べてごらんなさい。三国同盟もしかり、軍事同盟としての機能はほとんど無かった事は歴史的に証明されています。
@280803AKIRA 返信の仕方がよくわからず、パーソナルメッセージの方に送ってしまったかもしれませんので、改めてここに書きます。朝鮮戦争では実質中国と戦争してますよね。また、ベトナム当時の中国は文化大革命の混乱で対米戦どころではなかったんではないですか?また、中国の戦力にしても数があるだけで、大した戦力たりえないことはベトナム懲罰戦争でも実証されたと思います。核についてもしかり。日独伊三国同盟はなかったことになってるんですか?最後の件はまさに結果論ですよね。ちなみに、中国を降伏させることはできませんでしたが、少なくとも負けてはいませんでしたよね。中国側には戦力と言えるような戦力があったんですか?
@hashimotomd さんベトナム戦争に関して、十年以上前ですが、米TV局の企画で、当時のベトナム、アメリカの高官が直接カメラの前で証言するという企画でした、米がなぜハノイ侵攻しなかった、それは中国との直接戦争を恐れたからだと証言していました、日中戦争の泥沼の危険を冒す気はアメリカには無かったし、そのうち世論が離反した。同時にベトナム高官が戦争の苦しさを米高官に訴える場面は印象的でした、強固な同盟国もない当時の日本がどこまでやればよかったのですか。本土決戦ですか? ベトナムの悲惨さ、米国の若者の苦悩を、リアルタイムで知るものとしては、あまりにご気楽な論法に聞こえますがね。 ジェット戦闘機「橘花」のことでしょ。終戦直前一回試験飛行してますよね、しかし米国は前年の秋からジェット戦闘機P-80 の量産に入っていますよ。 「艦隊は数理によって動く」国力がもろに出る戦いなのです、だいいち、中国一国に勝てない国がさらに米英と戦って勝てるわけが無かったでしょう。
@hashimotomd さん あなたの見解に私なりにコメント。ちなみに映画は見ていません。 日露戦争の比較、明治の指導者は開戦前から講和の方法を探っていた、開戦に反対していた伊藤博文も開戦必至にとなるや、金子賢太郎をアメリカに派遣、ルーズベルトに外交工作している、世界情勢も日本に有利には働く、日英同盟は機能し日本に対し様々な支援、またロシア国内が政情不安となり戦争遂行がむずかしくなる。、これの伝播を恐れ、ロシアに対し友好的中立の立場だった仏独も、米に講和仲介を働きかける。 陸海軍の善戦が大前提だが、国力の限界を考え、暴動を抑え込んでも講和を受け入れたところが明治の指導者、ちなみに、明治陸軍の重鎮、山縣有朋も外交による講和推進を主張、昭和の軍人とはえらい違い。(中公新書、日露戦争。他) 太平洋戦争の講和見通しは、1941年11月15日の大本営政府連絡会議決定が唯一のもの、これがひどい、基本的には希望的観測の羅列、そのもとにあるのは「ドイツ頼み」しかし、この時点で、ドイツはイギリス上陸を断念しているし、モスクワ占領中止をしたのは12月8日。
スッゴイいい映画だった!!
もう一度見たい
FighterPilottakeaki 1 month ago
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もういちど見たい映画ですねぇ^^役所さんの演技は一流だった!
kamikaze88attack 2 weeks ago
@taka760210 見てからいえボケwww
superultrax1 3 weeks ago
映画見てきました、良く出来ているがフィクション、エンタテーメントには悪訳が必要、新聞の主筆と、南雲中将がその役回り、
真珠湾の主目標、戦艦か、空母か議論があったようです、航空主兵が定着するのは真珠湾攻撃の二日後のマレー海空戦で、議論は中途半端だったよう。 二次攻撃の件について、南雲は最初からやる気は無かった、他の司令官も異存はなく、山口多聞の二次攻撃具申は無かった(太平洋戦争の意外なウラ事情、)この映画やトラトラトラの艦橋内での議論も無かった。すぐに帰投したのではなく、いったん北方に退き策敵の上、行動中の空母が発見できなかったので帰投している。(源田実、真珠湾作戦回顧録) 他にもおかしなところはたくさんある、艦隊勤務(広島県の柱島)の南雲が、東京の軍令部長にたびたび会って直接指示を受けるなんてホントにあったの? ハワイ攻撃はほとんど誰も考えなかった、それの成功にタダ乗りして戦略家気取り、南雲バッシング。ハワイ作戦の事前図上演習での結果は日本側全滅、死を覚悟で行った軍人に対し非礼。
映画はフィクションとして楽しみましょう。歴史上の評価はまた別。
280803AKIRA 4 weeks ago
戦争もそうでうが、同盟が機能するかどうかなんて、その時になってみないとわからないんじゃないですか?日露戦争当時の日英同盟でイギリスは参戦してくれましたか?一緒に参戦してくれない同盟は無意味のように聞こえますが。確か、アメリカのジェット戦闘機は実戦には投入されていませんね。量産はされたかもしれませんが、信頼性がレシプロ機より劣っていたからです。太平洋戦争当時の指導者には確かに明確なビジョンはなかったと思います。しかし、それと勝敗はあまり関係ないと思います。朝鮮戦争は文革の前ですし、中越戦争では中国はベトナムに勝ったんですか?
hashimotomd 1 month ago
@hashimotomd さんレスポンスで間違えて返信してしまいました、見といてください。↓
三国同盟について補足、「強固な同盟国」とあえて断ったしょ、枢軸国版ノルマンディー作戦、無かったでしょ、こう書くとインド洋作戦のことを言いだす人が多いけど、あれが戦局にどれだけ影響しました。ヒトラーは最初から東洋人嫌いなのだから。日本が戦争終盤に技術供与を受ける時ですらしっかり対価をとっています。 それと日露戦争との違いと、技術レベルの見解どこに行ったんです?私は書き込むときも、それなりに手持ちの文献なり調べて時間もかけ書いている。都合の悪いところは飛ばしての反論など無責任極まりない。 中国戦線、15年戦ても勝てなかった現実、「それでも日本は戦争をえらんだ、加藤陽子、朝日新聞、など」。対米戦に関しては物資の限界、技術の遅れ「太平洋戦争何(上下)、児島譲、中公新書、など」 そして何より指導者の戦略の無さ、無責任、決して結果論ではありません。ごく一部ですが論拠を示しました、あなたは、どんな論拠をお示しいただけますか。
280803AKIRA 1 month ago
朝鮮戦争は表向きは義勇兵です。「鴨緑江を超えて攻撃をするな」と言う中央の命令にマッカーサーが怒った話し知らないんですか?中国との戦争にそれほど気をつかったのですよ。 文革でそれどころではない? 教条的共産国家は、自分たちの負担を顧みず革命の輸出すると信じられていた。事実、国内の不安定を顧みず朝鮮戦争など革命支援をしている。 中越紛争、中国は人海戦術に自信を持っていたし、.それで勝ってきた、しかし近代化したベトナム軍に負け、軍の近代化の契機となった、日中戦争30年後の話、話の飛びすぎ。 核兵器については、広島の原爆資料館でも見てそれでもたいしたことないと言えるなたいしたもの。 単独では中国は勝てない、中国自身が分かっている、だから米英を巻き込んで日本に勝った、駐米大使だった、胡適の理論でも調べてみてはいかが、過激ですが、日中戦争はこれに近い形になっている。 中国(国民党、共産党)に戦力がない?!、中国本土で何十万人戦死してると思っているのです、少しご自分で調べてごらんなさい。三国同盟もしかり、軍事同盟としての機能はほとんど無かった事は歴史的に証明されています。
280803AKIRA 1 month ago
@280803AKIRA 返信の仕方がよくわからず、パーソナルメッセージの方に送ってしまったかもしれませんので、改めてここに書きます。朝鮮戦争では実質中国と戦争してますよね。また、ベトナム当時の中国は文化大革命の混乱で対米戦どころではなかったんではないですか?また、中国の戦力にしても数があるだけで、大した戦力たりえないことはベトナム懲罰戦争でも実証されたと思います。核についてもしかり。日独伊三国同盟はなかったことになってるんですか?最後の件はまさに結果論ですよね。ちなみに、中国を降伏させることはできませんでしたが、少なくとも負けてはいませんでしたよね。中国側には戦力と言えるような戦力があったんですか?
hashimotomd 1 month ago
@hashimotomd さんベトナム戦争に関して、十年以上前ですが、米TV局の企画で、当時のベトナム、アメリカの高官が直接カメラの前で証言するという企画でした、米がなぜハノイ侵攻しなかった、それは中国との直接戦争を恐れたからだと証言していました、日中戦争の泥沼の危険を冒す気はアメリカには無かったし、そのうち世論が離反した。同時にベトナム高官が戦争の苦しさを米高官に訴える場面は印象的でした、強固な同盟国もない当時の日本がどこまでやればよかったのですか。本土決戦ですか? ベトナムの悲惨さ、米国の若者の苦悩を、リアルタイムで知るものとしては、あまりにご気楽な論法に聞こえますがね。 ジェット戦闘機「橘花」のことでしょ。終戦直前一回試験飛行してますよね、しかし米国は前年の秋からジェット戦闘機P-80 の量産に入っていますよ。 「艦隊は数理によって動く」国力がもろに出る戦いなのです、だいいち、中国一国に勝てない国がさらに米英と戦って勝てるわけが無かったでしょう。
280803AKIRA 1 month ago
@hashimotomd さん あなたの見解に私なりにコメント。ちなみに映画は見ていません。 日露戦争の比較、明治の指導者は開戦前から講和の方法を探っていた、開戦に反対していた伊藤博文も開戦必至にとなるや、金子賢太郎をアメリカに派遣、ルーズベルトに外交工作している、世界情勢も日本に有利には働く、日英同盟は機能し日本に対し様々な支援、またロシア国内が政情不安となり戦争遂行がむずかしくなる。、これの伝播を恐れ、ロシアに対し友好的中立の立場だった仏独も、米に講和仲介を働きかける。 陸海軍の善戦が大前提だが、国力の限界を考え、暴動を抑え込んでも講和を受け入れたところが明治の指導者、ちなみに、明治陸軍の重鎮、山縣有朋も外交による講和推進を主張、昭和の軍人とはえらい違い。(中公新書、日露戦争。他) 太平洋戦争の講和見通しは、1941年11月15日の大本営政府連絡会議決定が唯一のもの、これがひどい、基本的には希望的観測の羅列、そのもとにあるのは「ドイツ頼み」しかし、この時点で、ドイツはイギリス上陸を断念しているし、モスクワ占領中止をしたのは12月8日。
280803AKIRA 1 month ago
スッゴイいい映画だった!!
もう一度見たい
FighterPilottakeaki 1 month ago