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赤軍に勝るものなし.wmv

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Uploaded by on Apr 30, 2010

国内戦中の1920年夏にキエフで作られた歌です。当時ロシア主要部での戦いは赤軍の勝利により終わろうとしていましたが、南部でデニーキンに代わり白軍司令官となったウ­ランゲリの軍が根拠地のクリミア半島から北上を開始、戦いは新たな局面に入りました。
危険な状況下で作られたこの歌は、「黒き男爵」ウランゲリ打倒に向けてキエフ軍管区の兵士たちを大いに鼓舞しました。
ウランゲリ軍との戦いが赤軍の勝利に終わってもこの歌の人気は衰えず、やがて国内戦の全ての戦線での愛唱歌として、そしてソ連軍歌最初期の一大傑作として大変有名な歌とな­りました。
但し当初の歌詞には後のソ連政権で反主流派となり国を追われたトロツキーの名前が入っていたことから(「初期の繰り返し部」を参照)、後に変更が加えられています。
この歌はソ連国外でも主に左翼活動家の間で人気を博し、それぞれの言語に翻訳されたり、独自の歌詞が作られたりしました。30年代オーストリアの"Die Arbeiter von Wien"(ウィーンの労働者)、戦後日本の『鐘が鳴れば』などが有名です。

作曲者のサムイル・ポクラスは音楽家4兄弟の長兄ですが、一般に「ポクラス兄弟」と呼ばれる弟のディミトリーとダニイルのコンビ(同時期にロストフ=ナ=ドヌで『ブジョン­ヌイ行進曲』を作曲)とは別に活動していました。
1924年彼はソ連を離れ、生涯にわたりアメリカで作曲活動を続けました(Samuel Pokrassとして)。1939年のハリウッド映画『三銃士』(The Three Musketeers)への音楽がアメリカ時代の代表作といえます。
しかし、彼が祖国を捨て資本主義国であるアメリカを選んだ事は、当時のソ連では不都合とされました。
そのため、50年代に至るまで『赤軍に勝る者なし』をはじめとする彼の作品からは作曲者の名前が削除されていたそうです。

説明はソヴィエト・ロシア軍歌集積所から転載させて頂きました。

ソヴィエト・ロシア軍歌集積所
http://voenpesni.web.fc2.com/songs/Krasnaya_armiya_vsekh_silnej.html

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