2012年1月9日早朝。
自転車旅仲間夫妻の娘が誕生。
その前日、1月8日夕方、
電車に乗っている最中、フト、フシギな感覚が訪れる。
あぁ・・あのチカラがまた心臓(ココロ)にアツマッテいるのだな・・
と、オモウ。
2011年10月24日。21時46分に心臓(ココロ)に強くアツマルようになったあのチカラ。
あのトキは全身に漲るように、痺れるように強くアツマッタのだが、
今回は全身に染み渡る、澄み渡るように強くアツマッテいる。
1月9日中、心臓(ココロ)はずっと高まったまま。
あのチカラがまさかここまで冴え渡るとは・・
2010年年末。
そのチカラが強く満ちているトコロに行く。
当時は、ハラ(腹)に強くアツマリ出していた。
2011年。このチカラを本気で明らめよう!とオモウ。
アヤシイが、その決心のために、あるコトをする。
【カガミ】をそのチカラの真上に置いて空を映す。
風の強い日の河川敷なら誰にも見られまいと、速攻で撮る。
どーいうわけか、このチカラ。科学史に刻まれていない様子。
人間の【見る】チカラはとても儚い。とても弱い。
紫外線や放射線は見えず、
可視光の幅は狭く、遠くのモノや、小さいモノは見るコトが叶わない。
そこで【見る】チカラを人間は【鏡】を使って拡張してきた。
遠くのモノは【望遠鏡】で銀河まで。
小さいモノは【顕微鏡】で原子まで。
なのに、なぜ発見されていない・・?
人間にしかない見る能力がカギを握っている!?
【見るコトを見る】という【自覚】という能力。
カガミのチカラ。
自分自身が生きて命があり、限りがあるというコトの自覚。
望遠鏡や顕微鏡が自分自身をミツメルコトが出来るだろうか?
否。。盲点。
このチカラとウツシカワシをした身体がどうウツリカワルか?
ただ、ウツリカワリをミツメよう。ヒトリで。
そして、澄み渡る空を映す鏡の様に、
曇りなく歪みなくそのチカラを身体に反映しよう。
そう誓う。
1年後のウツリカワリは魂消るコトばかり。アヤしい話ときっと思われる。
このイマ、心臓(ココロ)に冴え渡る様にヒビイテくるのは、
新たな生命として誕生したばかりのあの娘だろうな・・とワカル。
アト・・・もうヒトリ・・?
このチカラは特に強いヒト同士は【呼応】【同期】する様になるはず。意志には関らず。
彼女はおそらくこのチカラの天才。ただ、潜在したまま大人になるであろう。
誰か見出して、開花せねば埋もれてしまう。
君の両親はこのチカラがワカルようになるまですごく協力してくれた。
いなかったら、まるでサエなかったコトはマ違いない。
さえ【冴え】
1 寒気・光・色・音などが澄みきること。
2 頭脳の働きや感覚が鋭いこと。
君が大人になるまでにこのチカラ、明らめておくからね。と、両親をよそに勝手に思っている。
後に【サエ】と名付けられていると知る。
難産でお互い長時間苦しんだのに赤ちゃんの心音はずっと力強く元気なままだったとか・・
安定したまま変化というコトはない。
新平衡状態にウツルまでの反動。
心臓が突然ドキドキしたり、チクってしたり。
熱が抜けるような感じがしたり。
また、フトしたコトなのに、涙が溢れて止まらなくなったり。
アツマリ過ぎたり、不足し過ぎたり、アップダウンの↑↓連続。
ヒトよっては、ドタバタ、しばし翻弄されるかもしれない。
やがて落ち着き、新しい平衡状態になる。
【生命に対する強い想い】がこのチカラが開花するにはきっと必要。
2007年1月に友達が死ななかったら、きっと知らないで生きていた。
平原綾香さんが歌う【感謝】というウタ。
彼女のウタを初めてよく聞いたのはこのウタからだったとも思い出す。
【タマタマ(偶々)】【有り難さ】というコトが沁み渡る様な感じのウタ。
地球というタマが
質量を増したカタマリ同士の引力で、ヒカレアッテ、ヒビキアッテ、アウコトにヨッテ、
今の姿になったコトを思うとタマタマというモノはない。男女同士のアウもきっと。
数多の偶然が積み重なって開花したこのチカラ。
もっと明らめようと、心音を感じながら、同じトコロでオモウ。
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