~猪名部神社と春澄善縄卿~語り部 宮木八恵子
今回は、藤原町にあります猪名部神社と「続日本後紀」二十巻を編纂した文学者、春澄善縄卿をご紹介致します。
猪名部神社は、猪名部族の統率者としての姓である猪名部造の祖神、伊香我色男命を主神とする社で、員弁の先祖が祀られている神社としても有名です。
猪名部神社は藤原、大安、東員町の三社あり、藤原町と現東員町北大社の二社は、江戸時代から本家争いをしており、未だに解決していません。
猪名部神社は、平安朝初期、延暦十六年(七九七年)に、藤原町長尾に生まれた春澄善縄が祖神を祭り氏神とされた、古い社でもあります。春澄善縄は、神童と言われほど賢く、幼い頃から祖父のもとで教育を受け、学問を好み、文章道において、その博識には当時のどの学者も及びませんでした。
善縄は、優れた学識を評価され、承和十年(八四三年)文章博士の称号を受けました。
また、貞観十一年(八六九年)には、当時摂関政治を一手に掌握していた、太政大臣藤原良房達と共に、仁明天皇一代の実録を「続日本後紀」二十巻として完成させました。
この神社の近くには、春澄屋敷と称されてきた屋敷跡があります。郷土の人々によって春澄社が祭られ、崇拝を集めてきた屋敷跡の中央には、大正十年(一九二一年)に建てられた「従三位春澄善縄卿宅址碑」があります。 生涯努力し続け、人々から愛された学者、春澄善縄は、今なお地元の人々から「春澄さん」の名で親しまれております。
Link to this comment:
All Comments (0)