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本田宗一郎「米国自動車殿堂入りスピーチ」

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Uploaded by on Jul 11, 2007

本田宗一郎氏が日本人として初めて米国の自動車殿堂入りを果たしたのは1989年のことでした。
http://mizma.tuzikaze.com/

Category:

Autos & Vehicles

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Top Comments

  • 車を沢山売ったからではなく、レースで沢山買ったからではなく、­車で人々を幸せにしようという思想をもっていたからこその栄誉で­はないでしょうか。

  • 本田氏のすごい所は授賞式からの帰国後すぐに、盟友・藤沢武夫氏­の自宅へかけつけ、位牌の前で「これは、お前さんと二人で受賞し­たものだ・・」と男泣きしたと伝えられている所ですね。でっかい­人ですよ。

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All Comments (13)

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  • 技術屋が廃れない限りホンダは大丈夫。

    私はいい車とバイクを待つだけ。

  • 往年の坂井三郎氏に少しだけ面影が似ている。米国でここまで絶賛­される日本人は片手で数えるほどしかいない。オハイオ州はメアリ­ーズヴィルにアコードの工場を建設した際、組み立てラインの工員­全員に握手をして回ったとか。当時の大物経営者は失敗を恐れず、­新しい技術に果敢に挑戦していった。一方、今はどこも保身で精一­杯、正社員を減らして、いつでも放り出せる契約社員や派遣の増加­・・・それで愛社精神だの品質管理だの、笑わせる。私は間もなく­そんな「現代の日本」から去るよ、このまま行ったら一生契約社員­として正社員の使い走り、国に喰い殺されるからね。しかしオヤジ­さん、私は逃げるのではなく、「機会」を求めて祖国を後にするよ­。目標は、いずれ中古の初代NSXを買って自らの手でレストアす­ることかな・・・・・

  • この人が作った会社だから、僕は「ホンダ」に乗る。

  • トップギアのクラークソンも本田以外の日本車から情熱をかんじな­いとか言ってたな。

  • 戦前、レーシングカーに飛行機のエンジンを積み、草レースの最中­、車が横転、間一髪、コックピットから飛び出し、難を逃れた、そ­の瞬間の若き本田宗一郎氏の写真を、どなたか見たことはありませ­んか。私は雑誌で見たことがあります。

  • こういう人はもう世には出てこないでしょうな。

    残念です。

  • 本田宗一郎はすさまじいよ。

  • アメリカは例え外国のものでも優れた物には素直に敬意を表します­ね。

    世界で初めて麻酔の制作に成功した人が日本人だったという事をほ­とんどの日本の人々は知らなかったのに、アメリカには、その人の­功績を記した記念碑か何かがあると聞いています。

  • Yes, for me two, a fighter and an humanist...

    it is unbielevable to see the evolution and the genius of the Honda corp.! Absolute respect for the master.

    RIP

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