鬼神(きじん)の舞
道祖神(どうそじん)舞、俗に平鬼神(ひらきじん)という。二人立ち。
長絹(ながきぬ)・腰帯(石帯・せきたい)・面(おもて)・赤頭(あかかしら)・太刀(たち)と腰幣(こしへい)を差す。索(むち)と扇子(せんす)を用いる。
〔平鬼神(ひらきじん)〕
仰(そもそも) 二柱(ふたはしら)の御神(みかみ)と申奉(もうしたてまつ)るわ 先(まず)八島(やしま)を生(うみ)給(たま)う。
次に其(その)峰(みね)と号(ごう)す 霧島(きりしま)の御嶽(おんたけ)是也(これなり)。
仲哀(ちゅうあい)天皇は我(わが)朝(ちょう)の主(あるじ)為(なる)可(べく)インリヤクを受取(うけとる)。然(しから)ば其時(そのとき)の歌に、
岸住(きしすま)や 皇(おう)らの御代(みよ)の 絶(たえ)せぬは 烟(けむり)と共に 追い登(のぼる)神 と読賜ふ。
故(ゆえ)に 霧島の烟(けむり) 不絶(たえず) 人皇の御代は 今(いま)盛也(さかりなり)。
猶末(なお)久しかれよとこそや 説(とき)置(おか)れ賜(たま)ふ。
〔附跡舞(つけあとまい)〕
白張(しらはり)・士烏帽子(さむらいえぼし)に鈴・扇子(せんす)を用いる。鬼神舞のいずれにも付く舞手である。月日取鬼神では、日月を持って付く。
日向神楽の歴史一堂に 坂井に「伝承館」完成
―中日新聞 2009年9月17日の記事より
日向神楽の衣装や小物、資料など約300点を展示した坂井市丸岡町の長畝日向神楽伝承館・資料館。
坂井市丸岡町長畝(のうね)に伝わる日向神楽の歴史や衣装などを紹介した「長畝日向神楽伝承館・資料館」が完成した。パネルや舞に使う道具約300点が展示され、神楽の奥深さに触れることができる。お披露目を兼ねた舞は19日午後7時からと、20日午後1時半から。
集会所として約30年前に建てられた建物を県や市の支援を受けて自治会が改装。木造平屋で、広さは約33平方メートル。
日向神楽は1695(元禄8)年、延岡藩の有馬清純が丸岡藩へ移封された際、一緒に移ってきた舞人がこの地に伝えた。廃藩置県に伴って舞人も禄を失い、神楽の伝承は困難になったが、有志が神楽講を結成して引き継いできた。
現在は神楽保存会の会員25人を中心に、毎年9月の第3土、日曜日に奉納している。展示されている資料類は、同保存会の山田正行会長が、神楽講のメンバーでもあった祖父から受け継いだ。江戸時代のものとみられる衣装用長持ちや衣装のほか、各種催しに招かれて披露した近年の記録、24番まである舞の名称、内容を説明したパネルなどが展示されている。
山田さんは「貴重な資料の散逸を防ぐことができ、ほっとしている。後継者の育成や、舞の歴史と重要性を知ってもらうきっかけになれば」と話していた。
資料館見学の問い合わせは、山田さん 電0776(66)3658へ。
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天上の神々は風となって降臨する。
風は、天上界と現界を繋(つな)ぐボルテックス(渦)の橋だ。
吹けよ風、呼べよ嵐
古事記の国生み神話では、最初に男神・伊弉諾(イザナミギ)が左回り、女神・伊弉冉(イザナミ)が右回りで失敗し、その後、男神・伊弉諾(イザナミギ)が右回り、女神・伊弉冉(イザナミ)が左回りで成功。
日本の国はここから生まれたのでした。
日向神楽では常に、男神・伊弉諾(イザナミギ)の右回りで舞います。
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