源平争乱の後、世は源氏の天下となり、都落ちした平家の公達や殿上人を迎えた北潟は近郷に比類なき文化村となった。郷の者は落人たちを「他国の人」とか「旅の衆」と呼び、落人たちは郷の者を「北方の衆」と呼んだ。
旅の衆が北方の衆に融けこむために始まったものと思われるが、同じ信仰と同じ気持の人達、即ち密教の同信同志が一堂に集まって、即興唄の掛合いで、山岳密教の振りを加えた踊りが始まった。これが「どっしゃどっしゃ(同信や同志や)踊」の起原である。
詞型は七・七・五。第一句が必ず四・三より成りその三を冒頭に歌ってから第一句が続く形式である。
踊りはかなり活発で、輪の内側に神主姿の者が数人入るなど、古い形式の盆踊りである。現在は地元の北潟小学校でもこの踊りを教え、花菖蒲祭りや運動会等で披露されている。
第2回福井県伝統芸能祭・北潟花菖蒲まつり・平成22年6月13日(日)
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