ドビュッシーは1884年にローマ大賞を得てイタリアに留学します。1887年に帰国しますが、この後すぐに書かれたのが、ピアノ曲の「2つのアラベスク」で、この曲はその第1番です。初期のドビュッシーのピアノ作品中では「月の光」と並んで最も有名な曲ですが、その後にに出現するような、いわゆる「印象主義的な」個性的イディオムは用いられていません。その頃人気のあったマスネーなどと変わらない味わいです。
ただ、「アラベスク」と云う題名の付け方に、当時最先端であったアール・ヌーヴォーの影響が感じられ、興味深い点があります。アール・ヌーヴォーは仏語で「新しい芸術」の意味で、英語ではモダン・スタイル、独語ではユーゲント・シュティルなどと云われますが、基本的には美術上の様式で、大変に「装飾性」を重んじます。この《装飾性の重視》には、それまで「人間の視点」を中心に画面を構成してきたヨーロッパ近代芸術の伝統からの脱却、或いはその超克への意図が込められている訳です。
「アラベスク」はそのまま訳すと「アラビア風」ですが、このようなコンテクストでは「アラビア美術に見られるような《装飾性》」を意味します。従って、この題名「アラベスク」は決して《アラビア音楽風》と云う意味ではなく、「音で綴った装飾模様」と云うような意味を、当時の流行であったアール・ヌーヴォー趣味で命名したと考えるのが正しいと思います。ここにドビュッシーが持っていた基本的な感性の方向が示されている、と考えられます。「2つのアラベスク」はサウンドそのものの古くささとは裏腹に、《反近代》を掲げて《現代への窓を開けた》ドビュッシーの出発点として、相応しい題名を携えているわけです。
なお、私たちは風呂敷の唐草模様をサラセン模様と呼びますが、これも云ってみればアラビア風の装飾を意味します。あの風呂敷がアール・ヌーヴォー?といささか奇異な感がしないでもありませんが、私たちが非ヨーロッパ文化圏に存在することの証でもありましょう。
とてもきれいな曲ですね。
gintyan94 1 year ago 6
この曲は僕の中で最も美しい曲としています。
rittikinoko67 9 months ago 4