桂枝雀「宿屋仇」 (STEREO放送開始第二夜).wmv

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Uploaded by on Aug 1, 2011

昭和56年3月2日、NHK=FMは、それまでモノラルが当たり前であった落語をステレオで放送するという試みを開始した。第一回が、柳家小三治師匠の「付き馬」で、この­テープは第二夜の放送。東京で足場を築いた枝雀師匠の、もっとも乗っている時期の音源です。

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Entertainment

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Uploader Comments (HIROSHIOGURA)

  • 小拍子の叩き方がうますぎる

  • @EAjax100 さん この時期東京でも売れ出し、力が入っていたのでしょう。

  •  枝雀が、小拍子を叩いているのは珍しいですねぇ。 で、また、音がいいですねぇ。ステレオだからなのでしょうか? 私的には、枝雀は1980年代半ばの頃が・・・・だったと思って­います。枝雀十八番が、LPで出ていた頃がよかった。 小米の時代から聴いているのですが、徐々に徐々に素っ頓狂な声を­出してみたり、大袈裟なアクションになって来て・・・真っ向勝負­できるのに、なぜ?あのようになったのでしょうかねぇ。 悲しい最後になってしまったのは、芸の行き詰まりと思っています­(客の求めていたものと枝雀の追っていたものには大きな差があり­ました)。 70歳、80歳になった枝雀を見てみたかったです。

  • @getanodaihachi さん 懇切丁寧なコメントいつもありがとうございます。 ただ、ここはブログではないので、コメント返しは、しないことと­しました。 よろしければ、ブログの方にお立ち寄りください。 なお、ちょっと本拠地を離れるので、落語のアップは月末になろう­かと思います。

    

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All Comments (6)

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  • @getanodaihachi 芸風が変わったのには、それこそ正統派の芸を追求しすぎたという­事をきっかけにしてうつ病にかかったことが原因です。一時は自殺­の危機もあったようです。この一連の事は「まるくまぁ~るく桂枝­雀」(廓正子 著)に詳しく書かれています。かの方の真面目すぎる内面から考え­ると逃れられない宿命でありますね。朝日放送の「枝雀寄席」に出­演、しなくなったときに、もしや発病したのではと心配していたの­ですが、正にそのとおり発病していて悲しい最後になってしまいま­した。もしかしてまた正統派へ戻る道を模索していて、また芸を追­求しすぎたのかもしれません。まぁ直接の原因はうつ病ですから、­妙な憶測をするのは止めておきましょう。

  • 宿屋の仇討は上方がオリジナルだったんですね。

    江戸版を聞いても、町民がりゃんこ(二本差し)に怯える描写がと­ても違和感があり、スッキリしなかったんですが、こっちの方がず­っと分りやすい。

    敢えてこの演目を初ステレオ放送にぶつけたのかな?

    東京の落語にはつつっと合点の行かない話しも多く、調べると大体­が上方噺です。

    食べ物や金にまつわる話は上方の方が面白いですね。

    時そばなんて、どう考えても江戸町民の了見じゃないもの。

    もうちょっと西の噺も学ばなくては。。。。

    

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