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OZU Yasujiro Story / 小津安二郎物語 #1

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Published on Mar 16, 2012

"OZU Yasujiro Story #1"
Portrait of OZU Yasujiro.

Directed by:ORITA Eigo MATSUURA Kanji
Produced by:studiokk http://studio-kk.jp/

*His family name 'O ZU' means 'small port'.
Given name 'Yasu ji ro' means 'calm(peaceful) second son(man)'.
He had 1 older brother, 2 younger sisters and 1 younger brother.
*It is said that he decided to be filmmaker as he watched "Civilization" by T. H. Ince.
*Kobe Commercial High School : famous colledge to study business.
*He failed exam twice.
*OZU's 1st work : "Sword of Penitence" (Samurai drama)
*He was affected by C.Chaplin, E.Lubitsch, H.Lloyd,
and directed lots of works.(7 works in 1930)
*4:23~ young RYU Chishu.
*In Japan Silent films were popular.
*1945 : Italian neorealism.
*"Tokyo Story" : Original film is lost.
*Lots of Japanese thought it was difficult to foreign people to understand OZU's works.
*1959 : French New Wave.
In Japan, SHOCHIKU New Wave.
*His last unfinished scenario : "The Radish and the Carrot".




『小津安二郎物語 #1』
映画監督 小津安二郎の肖像。

監督:折田英五 松浦莞二
音楽:岩井祐介
翻訳:Corey Bunnell
協力:藤居恭平
製作:スタジオkk http://studio-kk.jp/

・小津の兄妹:兄1人/妹2人/
 仲の良かった15才下の弟1人。
・父は問屋の番頭だった。
・松阪には小津の本家があった。
・中学生の頃小津は、映画クラブを設立。
 女優パール・ホワイトのファンで、ハリウッドの俳優に手紙を書き
 返事を貰うこともあった。
・T・H・インスの『シヴィリゼーション』を観て、
 映画の仕事に就こうと決めた。
・映画は当時、長期的に残るとは考えられておらず、
 そのような事に生涯を捧げる事に葛藤もあった様だ。
・進学は2年連続で失敗。
・松竹入社後、小津(掃除係)/斎藤寅次郎(会計係)
 /清水宏(料理係)らと共同生活。
・大久保忠素の第3助監督となる。
・第1作『懺悔の刃』、初にして唯一の時代劇。
・初期は、チャップリン、ルビッチ、ロイドからの
 影響を受けたようなドタバタ喜劇が多く、
 多作でもあった(最高年7本)。
・2:56~ スキーヤーは斎藤達雄。
・3:09~ 岡田時彦(茉莉子の父)と伊達麻理子。
・3:45~ 坂本武。喜八もの。
・キネ旬ベスト1選出、3年連続は小津のみ。
・4:23~ 飯田蝶子と笠智衆。笠はこのあたりから、     主役級に。
・活動弁士も根強い人気があったので、
 他国よりもゆっくりとトーキーに移行した。
・『戸田家の兄妹』:『残菊物語』と『羅生門』ともに
 淀川長治の上げる日本三大映画の一つ。
・1945年、イタリアでネオリアリスモ。
・戦後も作風を変えなかったが、
 役者陣は大きく変わった。
・『晩春』『麦秋』『東京物語』:原節子を主役
 「紀子」にした紀子3部作。
・『東京物語』:オリジナルのフイルムは焼失。
・鎌倉に引越した後、鎌倉文化人との交流深まる。
・1959年 フランスヌーヴェルヴァーグ。
 日本でも大島渚や吉田喜重などが台頭。
 学生運動盛んに。
・『秋刀魚の味』執筆中に母死去。
・最後の脚本:『大根と人参』。
・1963年、小津は入退院を繰り返し、大変苦しんだ。
・訂正:『生まれてはみたけれど』→『生れてはみたけれど』


本作内での引用は日本の法律で認められた範囲内のもので、また営利目的ではありません­。且つ、1954年以降の著作権の切れていないものは使用していません。
『彼岸花』のタイトル、小津家の墓はイラストです。
「金出してやればもっと良いものが、、、」S社からのオファー来ないかな(笑)

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