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Uploaded by ahide3 on Sep 19, 2010
松平光長の家老小栗美作が開削に着手した用水。矢代川十日市堂庭から引水。矢代川は水が少なく、早くから問題になっていた。しかし、世に言う越後騒動で、小栗美作は切腹、松平光長は改易。天領、藩領が入り組んでいて、関川から引水するのは容易ではなかった。文化6年春の村替えによって、木島村は藩領に、高田下小町の惣年寄塚田五郎右衛門が文化8年(1811)木島村から関川の水を引くのに成功。稲荷中江用水となった。
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