葵と楓:ミヨちゃん・カナダからの手紙&おじいちゃん おばあちゃん ありがとう
応援は,花やしき少女歌劇団(2011.9.10.選抜)
正面,向かって左側から・・開始直後で
①大橋 妃菜(おおはし ひな)
②菅野 花音(すがの かのん)
③酒井 美紅(さかい みく)
④清水 桃湖(しみず とうこ)
⑤清水 桜野(しみず さくや)
日本音楽豆知識047
世阿弥の生涯は,前半生は輝いていたが,後半は必ずしもそうはいえない。世阿弥は天才であったが,天才というものは,立ち向かう壁がときに大きく苦悩する。同時代の能役者には,世阿弥より天皇家から評価されたものもいた。また,足利将軍も別のものをひいきにした。その意味で,時代における寵児であった時期がほとんどない。しかし,天才であった。世阿弥の出現により,能のあり方が激変する。時空を超えて,現在にも通じる普遍性が内包されている。作品に関して,世阿弥は,どういう演技法がベストであるか,そのための訓練はどうすべきか,常に意識し,研究している。歌舞伎や人形浄瑠璃に比べて,能は,江戸幕府に直接保護されたがゆえに,庶民性を持っていない。観客の反応を伺い,観客に迎合することがなかった能は,ある種の教養を持たないとわからない性格を持っている。能そのものは,古典文学の宝庫にちがいない。その典拠となっているものは,「源氏物語」「伊勢物語」であったりする。能そのもののこのような性格は,江戸時代・明治時代の文学,とりわけ俳句のようなものにも影響している。観阿弥以前は,能は,寺社の祭礼に奉仕する芸能だった。世阿弥は,夢幻能と物狂能(現在能)に能を二分し,形式を整理した。日本演劇のスタートといえる。情景描写を,謡(うたい)のみに頼る能は,わかりにくい。歌舞伎にあるような,背景としての海辺とか,松並木とかが欠落している。大道具とか,効果がないといえる。現代に生きる能であるために,この謡を重要視し,表現・意味の新しい工夫が必要で,結果として新鮮な感動をもたらすべきである。能は,面を掛けることに大きな意味がある。角度を変えて,面に表情を作る。世阿弥は,将軍義教に嫌われた。元雅に先立たれ,佐渡に流された。面白さは,珍しさである。これを「花」にたとえる。
参考文献:世阿弥は天才である(三宅晶子)
かわいい。
頑張って下さい。。
feg89j62 5 months ago