沖縄県の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外に述べ伝え、世界の恒久平和の確立に寄与することを願い、非宗教にして、国籍及び軍人、非軍人、男女を問わず、沖縄戦(その期間は、米軍が慶良間諸島に上陸した45年3月26日から沖縄守備軍が降伏文書に調印した同年9月7日まで)で亡くなった23万余(沖縄県民の4人に1人)のすべての人々に追悼の意を表す氏名を刻んだ(01年6月現在238,161人。内、沖縄出身者148,341人、県外75,325人、米国14,007人、英国82人、台湾28人、韓国296人、朝鮮民主主義人民共和国82人。また、女性は54,997人でほとんどが沖縄県の犠牲者であり、沖縄戦での住民の犠牲者の多さを証明している。02年も韓国の13人を含む252人の名前が、また03年に新たに164人〔沖縄県内69人、県外77人、海外18人が、06年度に588人が追加刻銘され、06年6月23日現在、総刻銘者数は24万383人となった。07年6月23日、新たに戦艦大和の乗組員や韓国出身の戦没者ら235人が刻銘され、総数は24万609人〕)沖縄県糸満(いとまん)市摩文仁(まぶに)平和祈念公園内に設置された記念碑で、95年6月に除幕式が行なわれた(世界に類例のない慰霊の形で、千鳥ケ淵戦没者墓苑同様、靖国神社と対極関係にある施設といえる。もとより広島、長崎の慰霊も非宗教で国籍を問わない)。
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