行進の記録日本精工藤沢
Passeata na filial da NSK em Fujisawa realizada no dia 18/03/2010, mas exatamente as 15:30 no portão principal da mesma, na saida Sul. Obrigados a todos que compareceram, ajudaram e aos ex-funcionários (Fujii, Watanabe, Notoya, Arakawa, Hanata, Sanada, Ide) pela presença.
外国人差劉を謝羅し,直接雇用申し入れ義務を果たせ
◆ノトヤさん、アラカワさん、イデさん、フジイさん、ヤマナカさん、アラカキさん、トレドさん、
ハナダさん、サナダさん、ワタナベさん、ニシダさんら日系ブラジル人労働者は、1996年一2004
年にかけて、冨士コーポレーション・グループ(埼玉県熊谷市桜木町1-1-1)に雇用され、日本精
工(東京都品川区大崎1-6-3日精ビル)の藤沢工場に派遣されました。当初は製造業派遣が禁止さ
れていたので、形式上は構内下請の労働者として、日本精工の社員と共に様々な用途のベアリング
を製造していました。
◆2006年、製造業も3年に限り派遣労働者受け入れが認められるようになり、藤沢工場にいくっ
もの派遣会社が参入してきました。冨士コーポレーション・グループもノトヤさんらを冨士トライ
という派遣会社に転籍させ、請負から派遣契約に変更しました。契約変更の際、短い人でも2年は
実質派遣として働いていたのですから、「1年後に社員になれます」との説明があり、ノトヤさんら
は喜びました。
◆ところが、ノトヤさんらから後に入った日本人の派遣労働者は次々と社員になるものの、ノトヤ
さんらは誰も杜員になれませんでした。一緒に働く社員が推薦しても、本社から「外国人はダメ」
と門前払いされたのです。中には「あるいは日本国籍なら大丈夫かも」と提案され、わざわざ目本
国籍に替えた人もいましたが、やはり本社から許可は出ませんでした。
◆約束は守られないまま、2008年11月、突然、ノトヤさんらは冨士トライから冨士テクノサービ
スに1年契約で転籍させられました。同時に、日本精工の寮に住んでいた人らは、新たに冨士トラ
イが借り上げたアパートに引っ越しさせられました。そして工場から次々と派遣会社が撤退してい
き、とうとう冨士テクノも撒退することになり、ノトヤさんらは2009年11月をもって「派遣契約
が終了した」との理由で解雇されました。
◆ノトヤさんらは新入社員に仕事を教えるほどのベテランで、解雇される直前まで残業をしていま
した。彼らは誰よりも長く働いた派遣労働者なのに、外国人ということで直接雇用を拒否され、紙
切れ一枚で職揚を追い出されてしまりたのです。
◆「外国人差別は誰かが声を上げないとなくならない」ノトヤさんらはシティユニオンに加入
し、藤沢工場での派遣切りと闘うことを決意しました。冨士コーポレーション・グループ、日本精
工は解雇を撤回し、ノトヤさんらを直接雇用せよ!シティユニオンは冨士コーポレーション・グ
ループ、月本精工の雇用責任を徹底して追求していきます。
一人でも誰でも入れる労隊胎神奈川シティユニオン
(mais)
こんなこと有りましたね。精工に切られた外国の方々は、無事に他の職場と契約出来たのでしょう。
hidesyonan 7 months ago