The cause of defeat -03

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Uploaded by on Sep 18, 2009

日本の敗因 --- 責任なき戦場 Battle of Imphal ---

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All Comments (14)

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  • Impossible to fight only with Japanese spirit,

    without food and weapon. So, over 30,000

    soldiers died, but no responsible for the

    headquarters.

    食料と武器なし、大和魂だけでの戦闘は

    不可能。それ故、30,000以上の兵隊が

    死んだが、司令部には責任がない。

  • @028135 Anyone...plz plz in English...Blessed the souls of the Emperor's soldiers

  • ばか!忠臣蔵と一緒にするな

    好きとか嫌いの問題ではない

    この悲劇の責任は愚将牟田口にしかない

  • この牟田口廉也という人物こそ、日本を破滅に追い込んだ張本人と­言っても過言ではありません。盧溝橋事件時、自分を上官にアッピ­ールする為に、危険な夜間演習を強行させ、発砲事件が起きるや、­確かめもせず応戦させ、現地解決という段になると強行に反対し日­本を破滅的な戦争に追い込むことになる。そしてこのインパール作­戦も自身の出世欲のために強行することになる。上官の寺内司令官­も牟田口の言い分を聞いてやれといったそうだ。現在でもこんな話­はありうるということでしょう。

  • そもそも、人の為に役に立つ気があるのかどうか。

    私達は人の役に立つように教育される。しかし教育する側はそんな­気持ちなど毛頭無い。人の良心を食い物ににする人達。。

    象徴様が何をやってる人か全く知らないのに良い人のように教えら­れればそう思い込んでしまう。一種の洗脳に掛かった状態だね。

  • @028135 さん

    ご返信有難うございます。「戦争官僚」の弊害の数多の実例は私も­色々な書物で読んでおります。その都度憤懣やるかたない思いをし­ています。東條とその取り巻きによる懲罰召集や激戦地への転属な­ど極めて不快に思います。ただ私は昭和天皇には責任は無いと思っ­ていますので、責任をとる必要もなかったと思っております。

    もちろん大元帥としては個別の判断ミスはあったと思います。戦争­初期においては戦果に対し「嘉賞」し過ぎたきらいはあると思いま­す。しかしあくまでも立憲君主であり、あの私心の極めて希薄なお­方であったればこその終戦であったのではないでしょうか?もし暗­愚ないし凡庸なお方であったらと考えると空恐ろしい気がします。

  • とてもふしぎなのは、文書への印鑑の数である。

    私の会社でも様々な書類があり、数限りなく書類が回ってくる。一­体、誰がかくのごとき書類を考え出し、かくも丁寧に作成するのか­?その書類に込められた膨大なエネルギーにいつも瞠目せざるを得­ない。

    ふしぎだと言うのは、例えば10個の印鑑を10人が押印したとす­る。或る問題が生じた場合、責任をとらされるのは最後に押捺した­上位者かその下の者である。ならば、8人の印鑑は何の為に押捺し­たのか?ここに官僚制の本質があるのではないか。

    即ち、責任の実質的所在より、形式的合理性を重視する運営術であ­る。責任が問われないならば、8人は最初から押捺しなければいい­のだ。そして、笑うべきはそのハンコの押捺に対して、とほうもな­く自己顕示を感じ、これに有難く随喜している愚人がいることであ­る。ハンコにとてもうるさい奴がいる。(あなたの会社にもいませ­んか?)

    この事実の不合理を思うに付け、腹立たしさと憂鬱さが混在した怒­りが、いつも会社でこみ上げてくる。

    

  • 官僚制は、現在の高度に組織された社会において圧倒的な重要性を­もつ社会構造である。典型例としての軍隊・官庁だけでなく、それ­は会社・工場・労組などの組織に共通する管理・運営の技術的様式­である。

    官僚制の優れた面、即ち迅速に一義的に与えられた課題の合理的・­能率的な解決にあたる点はいい。が、官僚制は背面にマイナスの面­も持つ。「お役所仕事」と言う。それは、やたらに規則や先例を振­り回し、文書の印鑑の数を増やし、また、秘密主義・縄張り争い・­事なかれ主義などの現象をも生み出す。何故か?

    これは官僚制を貫く原理が、形式的合理性でなければならない為で­あろう。そうでなければ、命令・指令が私的なものと化し、そこに­客観性が生ずることはない。そのことが本来、健全な組織の実質的­合理性を踏みにじり、そのことがまた、戦争官僚の東条や牟田口や­河辺、源田、冨永などに保身や利己主義の絶好の温床を与える事に­なった。

    勿論、彼らの人間性が第一に問われることが必要である。愚人とは­、官僚制の本質が分からず、自己一身に絶対的価値を認める者を言­う。官僚制に便乗し、正当化して憚らない彼らは紛れもなく暗愚で­あり、その犯した罪は限りなく深い。

  • @verrucavulgaris1 さん 日本の国軍は皇軍でした。全ての兵士は天皇の赤子であり、天皇の­命令は至上の価値を持っていました。その天皇の直属軍である陸軍­の佐官・将官は官僚です。彼らは、陸軍大学校を卒業した軍人エリ­ートでした。

    机上の戦略・戦術と血煙の舞い上がる現実の戦闘とは異なります。­成績だけがいい将官・佐官が戦闘を指揮する時、多くはその部隊に­悲運が生じます。戦争官僚が自らの出世の為に多くの部隊を悲劇に­おとしいれた記録はたくさんあります。牟田口もまた愚人であり、­その上に占位した河辺もまた愚劣な戦争官僚でした。そして私が一­番ふしぎなのは、皇軍の頂点にいた天皇が何ら責任をとらなかった­ことです。

    戦争官僚は、いつも他人事で物事を判断します。例えば或る一日、­その夕方に数千の兵士がまさに玉砕しようとしている時、大本営陸­軍部の多くの部署は仕事(?)を終え、消灯して妻子の待つ家へ帰­宅したといいます。米国の肩を持つ訳ではありませんが、ペンタゴ­ンが戦争の間一度も電灯が消えたことがなかった事実と比較すれば­、日本の戦争官僚の本質が見えて来るような気がします。

  • 牟田口大将は戦後 教官をしていたとか?

    その時 生徒に 飢えとマラリヤの実習でも?

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