【那古屋城】
名古屋城の前身の『那古屋城』は、大永元年に駿河・遠江守護今川氏親(義元の父)が尾張にも侵入し、那古屋城を築城して、一族今 川氏豊を城主とした。
天文元年、今川氏豊は織田信秀に城を奪われ、以後織田信秀の居城となった。 信秀の嫡男信長は、この那古屋城で生まれた。
天文3年、信秀は今川に備えるため古渡城を築いて移り、信長が城主となった。
弘治元年、織田信長は清洲城へと居城を移し、那古屋城へは叔父の織田信光が入ったが、その後廃城となった。
【名古屋城】
慶長14年、徳川家康は9男義直を清洲城に封じるが、時に大坂城の豊臣秀頼攻略を考える家康は、濃尾平野の要地に大規模な城郭を 築城することを考えていた。
清洲城は、手狭で水攻めに弱いとの判断から、小牧・古渡・那古屋の3候補地の内、今川氏築城の那古屋城址に築城を決定した。
名古屋築城は、慶長15年に前田・加藤・福島・細川・黒田等の豊臣系大名に助役を命じた天下普請で築かれ、3年の歳月をかけて完 成した。
慶長19年、名古屋城は完成し義直は清洲城から入城した。 名古屋城は、徳川義直以後、御三家(尾張・紀伊・水戸)筆頭尾張徳川家61万石の居城として、16代義宣まで代々続いた。
2010年(平成22年)、名古屋開府400年を迎える名古屋市では、官民共同で本丸御殿を郷土名古屋の誇り高き文化的シンボル として復元し、金鯱をいただく天守閣とあいまって近世武家文化を体験できる屈指の名城として再生していきます。
動画の最後には戦災で焼失した本丸御殿の古写真をアップしました。
撮影日時 平成22年1月2日
BGM NHK大河ドラマ「天地人」より「新しい仲間」
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