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【承和の変(じょうわのへん)Ⅱ】
840年(承和7年)、淳和上皇が崩御する。2年後の842年(承和9年)7月には、嵯峨上皇も重い病に伏した。これに危機感を持ったのが皇太子に仕える春宮坊帯刀舎人伴健岑とその盟友但馬権守橘逸勢である。彼らは皇太子の身に危険が迫っていると察し、皇太子を東国へ移すことを画策し、その計画を阿保親王(平城天皇の皇子)に相談した。阿保親王はこれに与せずに、逸勢の従姉妹でもある檀林皇太后に健岑らの策謀を密書にて上告した。皇太后は事の重大さに驚き中納言良房に相談した。
【伊都内親王願文】(いとないしんのうがんもん)
桓武天皇の第8皇女伊都内親王が、生母藤原平子の遺言により、天長10年(833年)9月21日、山階寺東院西堂に香灯読経料として、墾田十六町余、荘一処、畠一丁を寄進されたときの願文である。楮紙に行書で68行あり、末字に「伊都」の2字がある。朱で捺された内親王の手形が25箇所ある。
天長10年(833)9月21日
September 21, 833 A calligraphy work of Hayanari Tathibana
【宮内庁 所蔵】
Thank you for dipchips, comment
Kyoushhu 2 years ago
Gemmy777 will try learning of the calligraphy hard together.
Kyoushhu 2 years ago
教秀さんは凄いですね...ボクの書道が全然駄目ですな...ハハ...
Gemmy777 2 years ago
Nice rythem !
dipchips 2 years ago