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Uploaded by You2008JPNalpha09 on Jun 15, 2009
「無逸の心死を哭す」は安政六年二月に吉田栄太郎(後の吉田稔麿)に宛てて吉田松陰が送った手紙です。松蔭は栄太郎に無逸の字を与え、その人物を高く評価し、将来を嘱望していましたが、栄太郎は心中深く期するところがあり、松下村塾を離れます。これを嘆き、勤皇の心が死んだのか、と問いかけ嘆いたのがこの手紙の内容です。その後、吉田稔麿は池田屋事件で斃れるまで、勤皇の志士として活躍することになります。
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まあその時は親が死んだりして大変だったんだよ稔麿も
sasasasasasa21 1 month ago
誰か現代語訳してくれー
koyaainoregon 9 months ago
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