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Uploaded by yamaharuo on Dec 10, 2011
1300年前の平城宮時代から、海に面した若狭国から京や奈良の都に海産物を送る流通ルートがあった。御贄(みにえ)献上という宮中に食材を収める納税の形で若狭青郷で生産された塩や鮨を背負子に担いでまずこの三国岳を超えて丹波上林に入り、次の洞峠を越えて現在の京都府美山町鶴ケ岡で一泊して都へ運んだ。若狭東部からは棚野坂峠を越えて鶴ケ岡へ、若狭西部からは三国岳そして洞峠を越えて鶴ケ岡に入った。その後のルートは現在の周山街道を使って京の都に入った。
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