米子東vs東亜学園(86年夏・甲子園)

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Uploaded by on Sep 29, 2009

「米子東は強い」
私にそう、印象づけた試合でした。

子供だった当時、私はすでに野球が好きでしたが、見るのはプロ野球や、高校野球の決勝など、全国区の試合ばかりでした。
そんな中、はじめて地元チームの試合を能動的に意識して見たのが、このカードでした。

「まあ、相手は東京代表だから、負けるだろう」
とあまり期待せずに見始めましたが、なんとなんと、盤石な試合運びで勝ってしまったのです。

試合後の挨拶では私の記憶によると米子東の選手は握手を拒否しており、なんというか、「相手が東京だろうが関係ねえ。俺たちの方が立場が上」という空気をひしひしと感じま­した。

もっともこれは、東亜学園が初出場であると放送で紹介されたゆえの、私の先入観かもしれません。
放送内では、米子東が準優勝経験のある常連校だという紹介もされていましたし、私としても、試合途中からは、米子東の方が強いという見方で見ていました。

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Sports

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  • 懐かしいですね。当時の米子東の選手です。 アップされたhanaten777 さんが、 『試合後の挨拶では私の記憶によると米子東の選手は握手を拒否し­ており、なんというか、「相手が東京だろうが関係ねえ。俺たちの­方が立場が上」という空気をひしひしと感じました。』 とコメントされていますが、我々にそういった気持ちは一切ありま­せんでした。 当時、握手は禁止というか控えるようにとのお達しが高野連からあ­りました。 称え合いたくてもできなかった、というのが真実です。ただ、(当­時)フェスティバルホールで行われた抽選会で、東亜の選手に大喜­びされたことに対してあまり良い気分がしなかったことは確かです­。 余談になりますが、米子東では甲子園の砂を持って帰ることができ­­ません。 歴代の不文律です。 そうは言っても、一生のうちに一度あるかないかのこと。 甲子園練習の際、必要もないのにヘッドスライディングやスライデ­ィングを繰り返してユニフォームに溜まった砂をこっそり持ち帰る­者もいたり、ブルペンで投球練習のキャッチャー役を買って出てポ­ケットに砂を押し込む者もいました(笑)。

  • この試合、アルプスから応援してました。。

    「勝ちわり氷」で水分補給しながら、自分も戦っているつもりで応­援してたな~。

    あの逆転打は鳥取県人にとって東京代表を叩いた採光の贈り物でし­た。

  • 高2時の川島・・・もっと見たいなー

  •  名門校らしい「堅実な守備」「投手の制球」…きびきびとした好チ­ームであったと記憶しています。投手の外角への制球が印象に残っ­ています。 翌年ブレイクする東亜学園の川島,まだ,線が細いですね。 アナウンスは植草氏でしょうか?僕もこの試合を見ていましたが「­辛くも逃げ切った」試合ではなかったですよ。相手よりも丁寧な試­合をした…そういう印象ですね。 アップ,ありがとうございました。

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