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Uploaded by ohmomo6458 on Feb 17, 2009
1987年サンマリノGPにおいてF1参戦2戦目で、しかもピットスタートにもかかわらず6位フィニッシュで初ポイントを稼いだ中嶋悟選手の喜びのインタビュー
Autos & Vehicles
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結局中嶋さんの場合は腕がダメだったんじゃなくて
体力がダメだったからね
あと5歳若かったらな・・・
roadofmajor1235 2 months ago
F1だけっじゃなく欧州参戦がもっと早かったらな
おそらくデレク・ワーウィックとは引けを取らなかったし
ピケとだってじゃないだろうか
歴代日本人F1パイロットのなかでは未だに一番才能を感じる
nawohyah 4 months ago
当時はホンダ・ターボエンジン全盛期の頃とは言え、入賞は6位からでしたからね。そのマシンを黙々と走らせる”納豆走法”の印象が強く、今でも日本人F1ドライバーの先駆けとして、尊敬しています。それから24年。今は小林可夢偉が頑張っているので応援しています。
MrBananadiet 7 months ago
黙々とクルマを走らせる、まさに職人でしたね。
とっても丁寧にドライブする人という印象が強かったです。
loveforever1113 7 months ago
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体力がダメだったからね
あと5歳若かったらな・・・
roadofmajor1235 2 months ago
F1だけっじゃなく欧州参戦がもっと早かったらな
おそらくデレク・ワーウィックとは引けを取らなかったし
ピケとだってじゃないだろうか
歴代日本人F1パイロットのなかでは未だに一番才能を感じる
nawohyah 4 months ago
当時はホンダ・ターボエンジン全盛期の頃とは言え、入賞は6位からでしたからね。そのマシンを黙々と走らせる”納豆走法”の印象が強く、今でも日本人F1ドライバーの先駆けとして、尊敬しています。それから24年。今は小林可夢偉が頑張っているので応援しています。
MrBananadiet 7 months ago
黙々とクルマを走らせる、まさに職人でしたね。
とっても丁寧にドライブする人という印象が強かったです。
loveforever1113 7 months ago