昭和23年発売。
作曲の服部良一が巡業で金沢を訪れた際、城下町をぶらついていると2曲分のインスピレーションが沸いたそうです。
早速旅館で書き上げ、1曲はディック・ミネ用、もう1曲は灰田勝彦用と記しました。
服部の思いは1曲分は実り、フリー(実際はビクターとコロムビアの2社専属状態)になり、灰田への曲提供が実現。
それがこの歌「東京の屋根の下」でした。
灰田勝彦極めつけの1曲として、今なお輝きは色褪せません。なお、ディック・ミネ用として書かれた1曲は霧島昇でレコーディング。その題名を「胸の振子」といいます。
1940年代の歌謡曲は、覚えやすくて心に響くメロディーが多いですね。
曲も普通の楽器で作られているため、良さが純粋に伝わります。
banxrmed5e 7 months ago
素晴らしい服部メロディーを日系二世の灰田さんが粋に歌う。いいねぇ。
私の親の世代の曲ですが、大好きです。カラオケでも歌ってます。
cgmmv 11 months ago
灰勝の「東京の屋根の下」には堪らない郷愁を感じます。
1953年に家族とともに上京。当時高校1年生だった私にとっては、東京はまさに憧れの都でした。貧しかったけれど、当時の東京は灰勝の歌の通りに、希望に満ちていました。なお、1948年のSP版の歌もYouTubeで聴くことができます。音は悪いけれど灰勝の若かりし頃の甘いソフトな声がまた良いです。お試しを。
nopuoy 1 year ago 2