2008年7月、結局平泉はユネスコ世界遺産に登録されなかった。原因はさまざまあるだろう。
やはり私は"浄土思想"というものの分かりにくさだと考える。西の果ての世界(黄泉の国)に英雄たちが住む美しい世界があるという発想は。ギリシャ神話にも登場する。かのベートーベンは、クラシック史上の最高傑作と言われる第九交響曲の最後の"合唱"の中に、「至福の園エリジウムから来た娘」という歌詞を入れた。
この原詩は、大詩人シラーの「歓喜に寄す」から拝借したものだ。「浄土」は、この「至福の園エリジウム」がインドで「阿弥陀さまの教え」として宗教化したものと考えられる。つまり西の果ての世界に極彩色の美しい世界があるというのは、世界人類共通の意識(ユングお用語を拝借すれば集合的無意識もしくは原型)ということになる。
いつ何時、毛越寺を訪れても、息をのむような美しさが、そこにある。世界遺産に登録されなかったことで、平泉を落胆が支配している気もするが、焦ることはない。平泉の持つ普遍的価値は、こんなことで揺らぐはずはない。必ず世界遺産の中核をなす遺産中の遺産として登録される日が来る・・・。
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