1945年8月20日、降伏調印の事前協議のためマニラへ向かった軍使一行は重要書類と共に不時着した。
8月15日の玉音放送で日本の敗戦は公表されたが、18日にはソ連軍が千島列島に上陸し北海道に迫っていた。
8月19日。国際法的な敗戦処理を迅速に進める重要な任務を負って17名の軍使がマニラへ向かった。
軍使の乗った機体は「一式陸上輸送機」と呼ばれる古い機体で、外装は白く塗られ、塗りつぶされた日の丸には大きく緑の十字が描かれた。
これがいわゆる「緑十字機」である。
8月20、協議を終えた軍使一行はマニラから米軍機で伊江島へ移動。
伊江島から飛び立った「緑十字機」(1番機)は20深夜に帰京する予定だったのだが...予期せぬ燃料切れにより静岡県磐田市の鮫島海岸へ不時着する事になる。
一方、首相官邸では閣僚が集まり「緑十字機」の帰りを待ちわびていた。
一刻も早く東京に帰らねばならない彼らを助けたのは磐田の住民による連携だった。
平和を運んだ機体と言われる「緑十字機」はその後海岸に放置され、いつしかその姿を消した。
しかし 2011年7月
「緑十字機」のものと思われる燃料タンクが海中より発見された。
燃料タンクは2012年1月-2月、磐田市役所にて展示される。
磐田市リリース:
http://www.city.iwata.shizuoka.jp/news/2011/12/post-225.php
撮影/編集:aramant
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