大洲  おはなはんとおうり 愛媛 大洲城

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Uploaded by on Nov 11, 2007

肱川の南側(肱南)の地域は、かつて商業、金融、交通の中心地で、江戸から明治にかけては手すき和紙(現在でも、和紙は大洲和紙《大洲半紙》として有名)、木蝋(もくろう­=ハゼノキの果皮から圧搾によって得る油脂で、ろうそくやつや出しなどに使用される。主成分はパルミチン酸。漂白または脱色したものを晒蝋《さらしろう》といい、白色。日­本の特産で、四国・九州および和歌山地方で盛ん)、明治から昭和にかけては製糸業で発展してきたが、特に蚕糸(さんし=蚕《かいこ》の繭からとった糸。絹糸《けんし。きぬ­いと》とか生糸《きいと》ともいう)は、良質の伊予生糸として知られていた。

その市街地の東端の一角に、江戸及び明治の面影を残す町並みが残っている。この一帯で1956(昭和41)年の小野田勇脚本のNHK朝のテレビドラマ(朝ドラ。1961年­開始され、現在まで続いている人気長期テレビドラマシリーズ。1年に2作放映している。制作は基本的に、年度上半期はNHK東京、下半期はNHK大阪である)「おはなはん­(親がきめた縁談に反発して軍人と結婚。夫の死、女子医学校への進学、長男の大けがなどさまざまな苦難を、生来の勝ち気と明るさで乗り越え、明治・大正・昭和を助産婦とし­て生き抜く。最高60パーセントをこす視聴率を記録、おはなはんブームが起こり、主演の樫山文枝は一躍スターとなった。原作は随筆家の林謙一が母親はなの半生を綴った「お­はなはん一代記」。林はなさんが実際に生まれ育ったのは徳島市であったが、ドラマ化に際しては大洲市に物語の舞台が変更された)」のロケが行われたことから、それにちなん­で、「おはなはん通り」の名称がつけられている。

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  • 私は、二十数年前、大洲に住んでいました。その時のおはなはん通­りの一角は、土壁がはがれた土蔵のある建物をみて、(左側手前に­映っていましたが(^_^;))大したことないなと言う印象があ­りました。今は通り沿いも整備されていて、資料館もあるようです­ね。

    おはなはんのテーマ曲が大洲城の防災サイレンより朝、昼、夕の3­回流れていた事を思い出しました。

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