以前から「炊き出し」を一度視てみたいと思っていたのだが、今日、偶然、遭遇した。
また、さらに偶然にも、大江戸線の中で、紀田順一郎「東京の下層社会」の中の「残飯屋の凄絶な実態」というくだりを読んだところだった。その一部を引用する。
食べ物を商う店が並んでいる中に、ひときわ目立つのが残飯屋であった。松原岩五郎(明治期のルポライター)は伝手をたどって鮫ヶ橋の残飯屋に就職、仕入れから販売までを担当した。朝昼晩3回にわたって桶をかついで士官学校の厨房に残飯を仕入れに行く。汁菜、たくあんの切れ端、食パンのくず、魚の骨などを大八車に積み込んで帰ってくると、老若男女がいっせいに丼や桶をかかえて駆け寄ってくる。「二銭ください」「三銭ください」と争って容器を差し出すさまは、魚河岸の市に似て名状しがたい大混雑。
中略
しかし、このようなものでも常に士官学校から出るとは限らない。時にはまったく出ないこともあって、これを「飢饉」と称した。あるとき飢饉が三日も続いたさい、岩五郎は賄い方に「せめてパンくずでも」と頼み込んだところ、ごみに出そうとしていた豚餌用の餡殻(あんがら)、肥料用のジャガイモのくず、味噌汁の滓(かす)などを持っていけと云われた。エサはキントン状になって、やや腐敗している。やむなくこれらを積み帰り「飢饉」と前触れをしたとき、待ち受けている人々の表情は一瞬、失望に包まれたが、荷を視るや「菜だけでもいいから早く分配せよ」と催促を始めた。
この光景に接した岩五郎は、次のような痛哭の反省に導かれる。残飯を売ることは人命救助であり慈善であるかもしれないが、場合によっては豚のエサや畑の肥料を売って銭(ぜに)をとるような不応為(法文に規定のない犯罪)を犯すことのやむなきに至ることもある。もしもあなた方が注意して視るならば、世の貧民救済を目的に道徳を語り慈善を説く者の、それが必ずしも道徳慈善ではないことに気がつくであろう、と。
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紀田順一郎「東京の下層社会――明治から終戦まで」より
アンドリュー・カーネギーはこう云ったそうだ。
「無条件の施しは、有害である」と。
この「炊き出し」は「無条件」だろうか?そして「有害」だろうか?
リーマンショックという「予期せぬ災難」に見舞われた人々を救う、というのであれば、ひとつの「条件」になるかもしれない。が、いつまでも続ければ、彼らはそれに甘えて、どこまでも自立を先伸ばそうとするかも知れない。
カーネギーはまた、このような鋭い警句を残している。
「もらうよりも、与えるほうが嬉しい」
これは実に多く人が誤解していることであり、多くの悲劇はこの誤解から生まれる。
「炊き出し」をしてもらって、飢えをしのいだ人々よりも、「炊き出し」をしてあげている人々のほうが、大きな満足を味わっているのだ。この点でも松原岩五郎の言葉が思い出される。
「もしもあなた方が注意して視るならば、世の貧民救済を目的に道徳を語り慈善を説く者の、それが必ずしも道徳慈善ではないことに気がつくであろう」
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