先日、森繁久弥さんが96歳で亡くなりました。
かつてテレビニュースで芸能人のお葬式に「みんな先に亡くなってしまう」と
困ったような顔でインタビューを受けておられたのが印象的でした。
舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」や映画の社長シリーズは有名ですが
ぼくが一番印象に残っているのは何の番組だったのかは覚えてはいないけれど
森繁さん演ずるヘンクツ親父が家で諍いになってプイッと家を出て
駅前の小料理屋へ一杯やりに行くというTVドラマ。カウンターに腰掛けて
イカの塩辛をつまみに熱燗を飲む姿が男の哀愁が滲み出ていて
今でも目に浮かんでくるようです。
ぼくも大人になったらあんな風にお酒を飲みたいなぁと思ったものです。
そうなんです、子供のくせに男の哀愁などと生意気なことを思っていたわけです。
単にイカの塩辛が食べてみたかっただけかも・・・
憧れはあくまで憧れ。今、ぼくが真似すると哀愁どころかそこはかとなく
貧乏臭さが漂ってしまうのです。
森繁さんは枚方の生まれだそうで幼少の頃は鍵屋の卵焼きがお好きだったとか・・・
この鍵屋というのは徳川家康の時代に淀川の三十石船の船待ち宿として
栄えた有名な宿なんです。今でもちゃんと残っています。
ぼくの祖父母が経営していた鮨屋の職人さんはこの
鍵屋から派遣されていたそうで、実はぼくもこの鍵屋伝来の卵焼きが
大好物なんです。何だか遠くて近い感じがします。
う~ん、これを肴に一杯やりたくなってきました。
そんな森繁久弥さんが作詞作曲を手がけた「知床旅情」。
初めて聴いた時、この曲のお陰で北海道に行きたくなってしまったんです。
ずっと憧れていて北海道は知床以外は行きたくないとさえ思っていました。
思い込んだら命がけ、馬鹿なぼくです。
実際に行って見ると観光化され過ぎていて少々がっかりもしましたが
しかし、自然の景観はちゃんと残っているし北海道だけあってやはり雄大でした。
行って良かった・・・
実は森繁さんが亡くなった丁度12日前にぼくの伯母も
87歳で旅立ちました。小細胞肺癌でした。
親代わりだったのでとても寂しいですがこれは仕方のないこと。
伯母も「知床旅情」が大好きでした。
この歌も森繁さん演ずるヘンクツな親父同様、哀愁いっぱいですね。
伯母も相当ヘンクツだったけど・・・
今はハマナスの時期ではありませんがメロディーはこの季節に何故か合います。
夏の終わりから晩秋にかけてがとても合う。
♪別れの日は来た ラウスの村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
私を泣かすな 白いかもめよ
森繁さんもぼくの伯母も人生の峠を越えて旅立ったんだね。
誰しもいつかは別れの日がくるけど、その時に
生きてきて良かったなぁって思いたいよね。
良寛さんの辞世の句に「うらをみせ おもてをみせ 散るもみじ」
ってのがあるけどそんな風に最期を散れたらいいな。
伯母の八十八夜↓日記風です。
http://homepage3.nifty.com/howling-harp/nobel/Diary.htm
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